院長の木村です。
本記事は子宮蓄膿症でかなり危険な状況だった患者についての報告です。
患者はシニアの未避妊のポメラニアンです。
「昨日、一昨日まで元気だったのに昨晩から急に元気が無くなりよぼよぼと歩く」という主訴で来院されました。
診察室で患者を見た時点で、ただごとでないグッタリ感があり精査を提案し了承いただきましたので色々と検査をさせてもらいました。
これが患者の当時のレントゲンです。
お腹の中の下側に明らかに何かが存在し腸(黒っぽい細やかなガス部分)が背中に追いやられているのが分かります。
そしてそれは横隔膜越しに、画像左手の心臓(白い玉部分)や肺(心臓の周りの黒い部分)をも圧迫しています。
次が血液検査の結果です。左側の列が初日の結果になります。
血液検査では初日に白血球が正常(正常であること自体が異常)で敗血症兆候を伺わせます。
血小板がまだ下がっていないのでわずかにだけ助けられる猶予時間が残っているという感じです。
※術後の下がり方を見るとギリギリ踏み止まったことが分かります。
また重度の腎不全を起こして電解質バランスが大崩れしていることが分かります。
ALP上昇は二次的な肝臓障害も一応考えますが、TCHOの上昇も込みでどちらかというと他の基礎疾患の存在を思わせます。
(この時点で「多分甲状腺機能低下症だろうなあ、ただでさえ高い麻酔リスクが更に上がったなあ…」と思っています)
病気本体としては「菌感染→全身性の炎症反応や菌毒素によって血圧低下→急性腎不全」というルートが想像できます。
各種検査結果を照らし合わせ子宮蓄膿症と仮診断し試験開腹したところ、はち切れそうなほどに拡張した子宮が摘出できました。
すでに全身状態と各種パラメーターからかなりのハイリスク麻酔であることが理解できていたので、麻薬鎮痛を施した状態で低用量の麻酔を実施しました。
ごくごく少量の注射麻酔をかけた時点でEtCO2は低値(血液がまともに循環していない、分かりやすくいうと脈が全く触れない状態)になりました。
その後すぐさま静脈点滴や昇圧剤を十分量効かせましたがまともに血圧が計測できたのはわずか数回という状況でした。
それでも何とか急いで手術を終え、その後の集中治療により患者は一命を取り留めました。
※集中治療って具体的に何をしているのか気になる方向け
※術後も昇圧剤と麻薬鎮痛(血圧が下がる)を命とQOLのバランスを取りながら微調整して数日かけて減らしていく
※脱水状態や予測される排尿量の変化を基に静脈点滴の種類・滴下スピード、添加する薬剤の種類・量を数時間〜半日毎に調整
※敗血症性の低血糖を起こさないように糖分を強制補給(グルコースが高めに出ているのはその影響です)
※すでに受けている腎臓ダメージを考慮しながら2種類の抗生剤を選択して都度量を微調整して使用
※全身の強烈な炎症反応を止めるために特殊な薬剤を継続使用
※毎日の血液検査、エコー検査、身体検査等、排尿量チェックにより併発疾患や体調の悪化が無いか確認
※看護師による患者の動作や意識レベルチェックの細やかな巡回(異常察知能力は性格やキャリアにもよりますがたいてい獣医師より看護師の方が上です)
患者は現在も入院中ですが表の右側の通りに腎数値、電解質バランスとともに良好に推移し近日で退院予定です。
2021.10 追記)今では病気以前より元気になり、他の疾患もあるので定期的に通院いただいています
我々動物病院は少なくない数のこういった子宮蓄膿症患者を診察し治療しています。
この患者は飼い主様の決断の早さもあり、何とか迅速に対応して救命できました。
しかし、おそらく世の中には病院にたどり着く前に様子見中に「突然死」する子も多くいることでしょう。
また、このレベルの重症(多臓器不全直前の)患者では手術の甲斐なく亡くなった子も経験しています。
当該患者は幸い術後に何とか排尿してくれましたが、乏尿や無尿に陥ったら助けられなかった可能性が高かったと思われます。
当HPやブログでも避妊手術の大切さを繰り返し記載しておりますが、全てはこのような状況になるのを避けるためなのです。
避妊手術をするかどうか悩まれている方はぜひ十分にご検討ください。
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