院長の木村です。

 

本記事では、怖いイメージが強い麻酔についてそのリスクをどう評価すべきかを解説します。

今まさに我が子に麻酔をかけるべきか止めるべきか悩まれている方の一助になれば幸いです。

 

麻酔をかける目的

目的は大きく分けて以下の3つになります。

 

  1. 意識下では動物に恐怖や苦痛を感じさせる処置を行うため
  2. 特殊な検査のため
  3. 特殊な治療のため

 

が麻酔をかける大半の理由を占めます。

ご想像しやすいでしょうが、避妊去勢を始めとする手術がこれに当てはまります。

 

意識がある状態で皮膚を大きく切開する・内臓を直接操作するというのはあり得ませんが、もししたのならばそれは虐待を通り越して拷問です。

当然ながら鎮痛処置をしっかりした上で、麻酔により意識を完全に落とす必要があります。

 

手術以外でも苦痛を伴うような処置の場合には麻酔を選択することがあります。

代表例には股関節脱臼の非観血的整復処置があります。

 

非観血的というのは「皮膚を切開しない=出血させない」という意味です。(厳密には内出血は起こしてます)

つまり非観血的整復というのは脱臼している肢をうまく操作することであるべき位置に嵌めてしまおうという処置です。

脱臼している肢というのは動かす時にかなりの痛みを伴いますので、この整復もやはり麻酔をかけて丁寧に行われるべきです。

 

他には内視鏡(胃カメラ)による検査や治療も該当します。

 

はCTもしくはMRIを指します。

一部の例外はあるものの、CTでは診断をつけるための確かな画像をきっちりと撮影するために麻酔をかけます。

なぜなら、1回当たり十数秒〜1分程度の撮影の間にどうしても動物が動いてしまうからです。

 

我々人のようにまったく動かずに、そして撮影時には呼吸を止めてくれるのならば可能ですが現実的には不可能です。

体が動かなかったとしても呼吸による微妙な体動で撮影画像が手ブレ写真のようになり診断が極めて難しくなります。

よって、CT検査をする場合は麻酔をかけ、人工呼吸器の管理によって呼吸も止めた状態にする必要があります。

 

MRIはCTよりも圧倒的に撮影時間が長くかかります。

具体的には1撮影部位につき30-50分(条件設定次第で増減します)もの撮影時間が必要です。

人でもきついのに動物たちが30-50分じっとしているなんて不可能です。

こちらも麻酔がほぼ必須になります。

 

唯一の例外は、発作を起こした動物に対し抗痙攣処置を行っており、その患者がすでに意識を無くしている時です。

さすがにこの状態から更に麻酔をかけにいくことはほとんどしません。

 

は放射線治療です。

放射線(特に高線量のリニアック)は腫瘍の治療に使われますが、その性質上正常な組織も破壊します。

ですので、なるべく正常組織は当てずに腫瘍のみを狙うために動いてもらって欲しくないんですね。

治療計画次第ですが週1〜複数回の放射線照射を何クールか繰り返しますが、その度に麻酔をかけます。

 

ちなみにCTやMRI検査ができる動物病院は人の病院より断然少ないですが、放射線治療ができる動物病院は更に更に少ないです。

高槻市から最寄り(!)でも泉佐野市になります。

 

安全に麻酔をかけるためにどうすればいいのか

皆さんが一番ご心配されて、動物病院もまた腐心する麻酔の安全性についてです。

 

まず前提として100%安全な麻酔はこの世には存在しません

しかし、患者の状態を把握して、よりその子に合わせた麻酔を選択するとその安全性を高めることが可能です。

 

そのために行われる検査がいわゆる術前検査です。

検査項目は以下が代表的でしょうか。

  • 血液検査
  • レントゲン検査
  • エコー検査
  • ホルモン検査

 

検査内容の選択はそれぞれの病院により異なります

上に挙げた検査も場合により省略することもあるでしょう。ケースバイケースです。

 

もちろん、検査をすればするだけ生体の情報が増えて麻酔の安全性が増すのは事実です。

しかし検査項目を増やすほど①検査ストレスが増えることと②検査費用がかさむことを忘れてはいけません。

とくに②が強く検査項目の選択に影響します。

 

安全にするためとはいえ、若い元気な子の去勢手術の「術前検査」に5万円も6万円もかけられる方は決して多くはないでしょう。

やはりそこは各病院、各獣医師が検査の必要性・妥当性を考えながら術前検査を提案していくことになります。

いつ術前検査をすればいいのか

術前検査をするタイミングについても、実は各病院でかなり異なります。

 

古いデータは時々刻々と変化する身体においては、どんどんと信頼性が落ちていきます。

理想論で言うと一番新鮮なデータでもって麻酔をかけにいくべきです。

つまり手術当日や前日ですね。

 

ただ、理想と現実は違うというのが良くある話なのは皆様もご存知の通り。

 

例えば毎日オペが入っているような忙しい病院では、緊急でない限り検査したその日に飛び込みオペすることはほぼ不可能です。

昼の時間にできるオペ数は限られていますからね。

 

それに動物病院では昼はオペをするだけの時間ではありません。

入院患者の管理や検査であったり、併設しているところであればトリミングをしているかもしれません。

それ以外にも事務作業や会議、研修など病院というより会社として当たり前の業務も予定に入ります。

もちろんスタッフに休息も必要です。

 

また、当日検査となると診察時間に自然と術前検査をすることになりますが、実はこれが結構診察時間を圧迫します。

手術・検査の必要性を説明して採血してレントゲンを撮ってエコーを撮って結果が出たらその説明をして注意事項やリスクを説明して…

 

他の患者様をかなりお待たせすることになりますし、我々スタッフも人間ですから急いでやった分ミスや見落としや不十分な説明をする確率が正直言って上がります。

当日検査をしようと思えばやりようは色々ありますが、それでも業務にかなり負荷をかけるために、少なくとも当院では原則行なっておりません。

 

動物側の気持ちで考えるとこうです。

急に朝食抜きにされて不安な空気を感じたと思ったらいきなり病院に連れていかれて体を固定されて色々検査されて。

こんなストレスを一気にかけた状態から麻酔に入ることになります。

 

想像するだけでもしんどそうですよね。

 

事前検査のほうが麻酔の安全性が高いなんてエビデンスを見た訳ではありませんが、個人的には検査と手術の日は分けてあげた方が動物の身体は楽かなと思っています。

 

ただ、そうは言っても半年前のような古いデータで麻酔をかけにいくのはとても怖いので、検査データに期限を切ることも多くあります。

 

当院では原則1ヶ月以内のデータであれば信頼できるものとしています。

その1ヶ月の中で体調の変化があった場合は遠慮なく検査をし直します。

 

この期間はいわば現実問題への妥協の産物であって根拠がある話ではありません。

そのため、期限も各病院の判断によって異なることがあります。

 

麻酔の種類について

現在は、動物用に開発された麻酔薬のアルファキサロンからガス麻酔のイソフルランに繋げることが多いですが、これは覚えていただく必要はありません。

 

大事なのはまず、その獣医師が慣れた麻酔薬を使用すること。そして十分に鎮痛をすることです。

 

検査や痛みを伴わない治療に対して鎮痛する必要はありませんが、大部分の痛みを伴う手術には鎮痛が必要です。

鎮痛剤を併用しないもしくは不十分であると、手術時に体が痛みで動くので痛覚や神経を麻痺させるためにガス麻酔の量が増えます。

 

このガス麻酔は一般的に使用されていることから分かるようにとても優秀ではありますが、残念ながら万能でもありません。

麻酔というのは生命活動を止めに行く行為ですので、その量が増えた分だけ心臓が動きにくくなり血圧低下や低体温を起こしていきます。

 

そうすると結果的に臓器が酸欠になり急な心停止や術後の急性腎不全などのリスクが上がるという訳です。

なるべく麻酔量を減らすために鎮痛薬を十分に使用することが安全な麻酔に繋がります。

 

また鎮痛薬は1種類をドカンと使うのではなく、色んな経路から痛みをブロックしていった方が効果的です。

ご興味のある方は「マルチモーダル鎮痛」で検索してみてください。

 

当院では、周術期鎮痛薬として6種類の薬剤を準備しており、手術時には2−3種類を併用することがほとんどです。

手間はかかりますが、その分麻酔リスクを下げられて動物にも優しいので積極的に鎮痛しております。

 

もう今は「動物は痛みに強いから」なんて言葉でざっくり切りにいっていい時代ではありません。

動物福祉の観点からも治療成績の観点からも十分な鎮痛をかけることが推奨されます。

 

手術日やその前日の注意点は?

多少の時間帯の差はあれど、どこの病院でも絶食絶水を指示されるはずです。

当院では前日夜11時以降は絶食、かつ当日朝9時以降は絶水でお伝えしております。

 

麻酔の種類やその患者の反応によっては、意識が無い状態で嘔吐を引き起こすことがあります。

その時に吐物が気管に詰まったら最悪そのまま亡くなってしまうので、安全性を高めるために麻酔をかける時点で胃を空っぽにしたいわけです。

その為に絶食絶水の指示が出されます。

 

ただ、これも例外はあり、例えば腎臓病を持っている子に絶水をかけると一気に脱水が進んで麻酔リスクが上がるので少量ずつ飲ませてもらったりします。

また、持病の投薬が朝にある場合はかかりつけ医の指示に従って少量のおやつなどと一緒に内服することもあります。

 

緊急性のある手術でない限り、誤って朝ごはんをいつも通り食べてしまったら高確率で手術が延期になります。

有給使って手術日を迎えたのに延期とか最悪ですからね

本当に注意しましょう。

術後は入院?それとも即日退院?

病院毎や手術・処置内容、あるいは麻酔から覚めた後の様子によって対応が千差万別です。

私の知る限りでは犬猫の去勢手術や歯石除去は即日退院がほとんどです。

 

しかし例えば去勢手術後にいまいちしゃっきりとせずボーッとしている(=血圧低い?)場合は一晩の入院点滴を選択する場合もあります。

逆に、通常なら1−2泊入院をする手術なのに、性格上入院していたらストレスで身体が参ってしまうような患者なら即日退院になることもあります。

 

一般的には重症の手術や時間のかかる手術、また持病を持っている場合は入院になったりその期間が長くなる傾向にあります。

 

どうしても麻酔をかけられない場合

状態が悪く、麻酔リスクが高すぎてかけられない場合も多くあります。

また、ご家族の心情的に麻酔リスクを受け入れられない場合もあります。

 

その時に我々動物病院が同意なしに強引に麻酔をかけにいくことは有りません。

代替治療を相談しながら探していくことになります。

 

ただ、麻酔を提案するような病気である場合に、代替治療をしてもその効果は手術を下回ることがほとんどです。

残念ながら外科にも、内科にもそれぞれできる限界があります。

 

1点ここでみなさまにお伝えしたいことがあります。

 

年齢による麻酔制限は、恐らくご家族と我々獣医療関係者はかなり感覚が違うと考えています。

大多数の方は10歳を超えたら無条件でほぼほぼ麻酔はかけられないとお考えです。

 

しかし実はそうではありません。

 

年齢という要素は大事ではありますが、むしろそれ以上に検査データと麻酔リスク・ベネフィット(利益)の天秤のほうが重要です。

10歳でも、この麻酔を乗り越えたら日常生活に戻れるけど手術しなかったら100%亡くなるということであれば全員手術を検討することでしょう。

当院でも重症例を含めこの半年で10歳以上の動物さんに麻酔を何件もかけてみんな元気に帰っていっています。

 

繰り返しで言いますが、一番大事なのは検査データでの麻酔リスク評価とリスク・ベネフィットの天秤であって決して年齢ではありません。

2歳でも末期の腎不全になっている動物に麻酔はかけませんし、15歳でも臓器が元気(数字に見えない衰えは当然ありますが)で麻酔をかけるベネフィットが大きいのならば我々は麻酔をかけにいきます

 

これらも踏まえ、麻酔を諦めるべきか挑戦するかをかかりつけ医にご相談してみてください。

 

当院での手術前後の流れはこちらの記事で紹介しておりますのでご参考にどうぞ。

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