院長の木村です。

 

本記事は、皆様が不妊(去勢・避妊)手術をするかどうか悩むもしくは止めている理由と獣医師としての回答についてQ&A式で解説していきます。

 

不妊に対する知識がフワっとしている、何かの理由で手術を悩んでいる、もしくは諦めているといった方はぜひ最後までお読みください。

 

まず最初に

過去に不妊手術についての手順や内容を解説した記事がありますのでこちらも合わせてお読みください。

【獣医師監修】去勢避妊手術について手順や内容を紹介します

 

不妊手術を速やかにすべきケース

①将来交配を希望しない場合

交配をしないことが決定しているのであれば、睾丸や子宮卵巣は動物たちにとって無用の臓器です。

 

どの臓器にもトラブルの種(例えば癌のリスクとか)というのは潜んでいますが、摘出しないのは生きるために必要だからです。

 

これは当たり前ですね。

では睾丸・子宮・卵巣はどうでしょうか?

 

生きていく上で役立つ機会が無いのに、病気の火種だけ持ち続けることになりますね。

②タイミングを見計らっているがマーキングやスプレーなどをし始めた

命に別状はありませんが、放っておくとご家族のQOLが大きく損なわれるかもしれません。

 

わんちゃんによっては室内にマーキングを開始する場合があります。

拭けないところにマーキングされたら最悪です。

 

砂壁・無垢フローリング・重い家具の下・畳・木製家具・絨毯、どれも染み込んで残ったらずっと部屋に尿の臭いがするハメになります。

※私は以前、思いもよらない場所にマーキングされていて気付くのが遅れた結果、床にカビが生えたことがあります。

 

特に動物をメインで世話してたり掃除を担当している方と他のご家族で苦労が共有されていないとご家族間でギスギスしかねません。

大事な家族のことで家族の仲に悪影響が出るのならばそれはとても悲しいことです。

 

猫ちゃんのスプレーは更に臭いが強烈です

今はほとんど室内飼育ですから被害場所はどうやっても室内になります。

 

これらは行動習慣として長く続けるほどに手術しても治らなくなっていきます。

③メス猫で発情由来の鳴き方をしている

発情期が来ると夜通し窓に向かって低めの声で鳴き続けることがあります。

中にはよくスリスリするようになったくらいで落ち着いている子もいますが、そのパターンの方が珍しいです。

 

程度にもよりますが、鳴き続けるとまずご家族の睡眠の質が落ちます

特に物音などで起きやすい方がいる場合はストレスがかなりかかります。

 

また、都市部などでマンションあるいは真横に家が並んでいるご自宅では近所の視線が辛くなってくるでしょう。

 

赤ちゃんの泣き声ならお互い様で納得できますが、猫の鳴き声は手術すれば済んでしまいますからね。

強烈な例では近隣の住民から声帯除去手術を求められることもあります

 

どう考えてもご近所トラブルの元になりますよね。

 

もしご近所トラブルになった時に直接矢面に立たされるのはご家族のうちどなたでしょうか?

④猫で外に出る

猫ついでですが、自宅外と内を行き来するような飼育法であれば手術は必須と言ってもいいくらいです。

 

オスであれば縄張り争いで喧嘩することも減りますし、メスであれば妊娠を避けられます。

 

喧嘩や交尾は猫エイズ白血病を始め各種の重大な感染症を引き起こす可能性が高くなります。

 

また、妊娠した場合は胎児ごと速やかに不妊するか生ませるかの決断になります。

 

生ませたはいいけど野に帰しましたというのは余りにも飼う側として無責任ですよね。

里親を探すにしても猫は多産(4〜8匹)ですので結構な労力と時間と金銭的な負担がのし掛かります。

 

しかも最速約2ヶ月で再妊娠が可能です。

なんとか全員里親に出した矢先にまた妊娠して帰ってきたら次はどうしましょうか。

 

外で出産すれば人の手が煩うことはありませんが、不幸な子猫を増やすだけですし糞尿被害など地域にも迷惑がかかります。

これは妊娠させる側のオス猫でも同様のことが言えます。

これもやはり動物を飼育するに当たって責任ある態度とは到底言えません。

⑤交配を希望していたが6歳を過ぎてしまった

女の子の交配としての限度はやはり4−5歳でしょう。

これ以上は特に母体として負担が強すぎます。

 

6歳を過ぎたら体力があり健康で、まだ麻酔リスクが上がらない内に不妊手術をすべきです。

 

このタイミングであれば、歯石除去も一緒にとポジティブにも捉えられますね。

 

男の子ではもう少し交配可能年齢が伸びますので健康状態とのバランスで考えていくことになるでしょう。

⑥ブリーダーや知人から去勢避妊手術は要らないと言われた

古くから、お産を経験したら婦人病にかからないとブリーダー業界で都市伝説のようなものが存在しますが全くの嘘です。

 

また、ウチの子は何もしなくても元気に長生きしてたという話でしたらその方はまず統計学を勉強すべきです。

たった1-2頭で語れるほど病気は甘くありません。

 

現在、犬猫ともに平均年齢15歳程度で昔と比べると相当長生きになっています。

30年以上前と比べると下手したら倍違います。

 

その寿命が伸びた分、体の至る所に病気を発症する火種が燻っています。

その火種を事前に処理あるいは克服してきたからこそ今の長寿があります。

 

「不妊しなくてもみんな元気に過ごせるよ」という意見をお持ちであれば時代に合わせた知識のアップデートが必要です。

手術はしたいけど悩んでいるケース

⑦シニア期(7歳以上)に入っていて麻酔の負担が心配

一般論として高齢になるほど麻酔の負担・リスクが上がるのは残念ながら事実です。

 

検査の数値として反映されなくとも、徐々に臓器の機能が衰えることは生き物である以上避けられません。

 

ただし、不妊をすることでその先により元気な・健康な未来が待っているのであれば我々は手術を躊躇いません。

 

シニアに入ったら腎機能低下や心臓病、気管虚脱など色々病気が出始めます。

その場合はしっかりと検査して、個別に麻酔リスクを評価し相談して方針を定めていきます。

 

極端な話、15歳で腎数値もだいぶ高い子に不妊手術で麻酔をかけるのはデメリットが勝ち過ぎていますよね。

逆に7、8歳だけど今は健康で、これから病気が出ることが予測できるなら手術をする価値があります。

 

こういった塩梅を獣医師と飼い主様で相談しながらケースバイケースで考えていきます。

⑧基礎疾患を抱えているので心配

シニアだろうとなかろうと持病を抱えている場合はあります。

先天性の心奇形なんかは若齢動物での麻酔リスクの最たる例ですよね。

 

個々の病気のリスクについて全て解説するのは不可能ですので、その動物さんを一番良くしっているかかりつけ医に相談してみてください。

 

そういった課題を、共に悩みながら寄り添って解決していくというのが我々一次診療に携わる者の本分です。

⑨短頭種であって麻酔リスクが高いという説明を受けた、あるいは見聞きした

これも事実です。

 

短頭種は元来呼吸や体温調整を苦手としています。

 

その上、軟口蓋過長症に代表される短頭種気道症候群を持っているわんちゃんも多く、術後に一時的な呼吸障害が出るリスクがあります。

普段からいびきがうるさかったり、ガチョウのようなガァガァ呼吸をしていたらリスクを持っている可能性が高いですね。

 

こういった子は特に術後管理のリスクが上がりますが、当然そうではない子も数多くいます。

 

時々ですが短頭種だからという理由で病院から手術を断られたという旨を飼い主様からお聞きすることがあります。

それは病院としてトラブル対応が難しいので無責任に麻酔をかけられないという至極真っ当な理由です。

 

私自身は短頭種に何十回と麻酔をかけたことがありますし、最初から呼吸不全を出しているような重症例でなければ設備的に対応は可能です。

 

なんなら、問題の無い短頭種よりもパンパンに肥満している子に麻酔をかけるほうが怖いです。

 

お伝えしたいことは「短頭種だから一様にハイリスク」では無いということです。

⑩家族が麻酔あるいは不妊手術に対してネガティブな印象をお持ちである

これはとても難しい問題です。

 

往々にして、そういったご家族は過去に何かしら麻酔や手術に関わる辛い経験をされています

 

十分な知識を持って理解をされている上で麻酔や手術に嫌悪感を持っている場合はある種のトラウマのようなものです。

 

麻酔薬やモニター装置、手術器具は日進月歩で安全改良を続けられています。

それでも手術をする側としては100%安全に手術ができるとは言えません。

 

手術のリスクとメリット、起きうる未来の分岐、こういったことを粘り強くご家族全員で議論いただくことが大事です。

 

ちなみに家族全員の同意を得ず手術というのは決しておすすめしません。

 

というのも、術後順調に経過すれば大事にはなりませんが、もし周術期にトラブルが発生した時には手術を進めていった方が強く責められ非難されます。

 

この子に良かれと思ってしたことで責められてはとても辛いでしょう。

 

我々としても、動物さんとそのご家族のために良かれとして、しかもお金を頂いてした手術でご家族が不仲・不幸になっては何の意味もありません。

 

不妊手術は通常であれば決してハイリスクなものではありませんが、それでも事前に充分話し合うことは大事でしょう

⑪不妊をすることが生き物としての尊厳を失わせる行為であると考えている

不妊手術をご自身に置き換えて考える方は一定数いらっしゃいます。

 

これは生きる上での哲学みたいなもので科学的な議論がとてもしにくい理由です。

 

また、直接お聞きはできませんがご自身なり近しい方なりで何か「妊娠・出産」に関してご経験があるのではないかなと推察もしています。

 

健康管理上では不妊すべきであることはあらゆる書き物・媒体で目にするかと思います。

不妊手術の意義を否定している科学的データ・行政機関・獣医師を一切見たことはありません。

 

しかし、そういったものとは恐らく全く違う次元の話でしょう。

 

もしご家族や近しい方が⑪のようなお考えを持っている場合は、「手術すれば助かる可能性のある生殖器の病気でも尊厳を優先して病死させるんですか。」と聞いてみてください。

 

「その時は手術を考える」という回答でしたら最初からすべきです。

 

「病死させる」という回答でしたらそれ以上できることはありません。

敬虔なイスラム教徒に豚肉料理を食べるよう説得するようなものです。

⑫不妊をするかどうかについてあまり深く考えたことがない

まずは情報収集をしましょう。

当ブログもそうですがネット検索で問題ありません。

 

ただし、科学的な知識をお求めであれば行政機関か専門家(獣医師か動物病院)が監修しているものだけ信頼してください。

 

情緒的なものや経験談は色々な媒体で触れてみてください。

多角的な考え方をするのは何事も決定する際に大事なことです。

 

当院はおすすめしますが、結論が「不妊手術をしない」に落ち着いても構いません。

大切なのは不妊手術をするかどうかという決断にしっかり向き合うことです。

⑬メス犬、またはメス猫で子宮水腫あるいは子宮内膜炎の疑いがあると指摘された

あまり決断を保留している時間はありません。

決断を後回しにしている間に病気が発展していき、下手したら手術しても助けられない事態になり得ます。

 

保留していい時間が1日なのか1週間なのか1ヶ月なのかは神様しか知りません。

 

なるべく早急に話し合いをして手術方向に向かいましょう。

⑭オス犬、またはオス猫で睾丸が大きいもしくは硬くなった(往々にして片方だけ)印象がある

睾丸が腫瘍化している可能性が考えられます。

やはり早期に手術を検討すべきです。

 

睾丸が腫瘍化すると無秩序にホルモンが分泌されるため、反対側の睾丸は自分がやる仕事(=ホルモン分泌)が無くなって小さくなっていきます。

 

結果的には睾丸の大きさに明らかな左右差が出ます。

※触って左右差が分かるか分からないかというレベルでは正常である可能性が高いです。

 

また腫瘍細胞がガンガン増殖してミチミチになるので睾丸自体が硬くなってきます。

 

定期的に動物の睾丸を触る方は多くは無いでしょうが、時々は確認することをおすすめします。

⑮オス犬、またはオス猫で片玉しか無い

もう片玉は陰睾(インコウ)といって腫瘍予備軍です。

 

陰睾というのは本来は体から離れたところで放熱させながら正常に動く臓器が、常に40℃近い体温に曝され続けるということです。

 

これだけでも臓器に強いストレスがかかって腫瘍化しやすいイメージは湧くでしょう。

 

睾丸腫瘍は悪性度の高いものもありますので腫瘍化する前に切除・摘出すべきです。

 

過去にわずか2歳弱で悪性腫瘍化・転移して抗癌治療に入った子も経験しています。

あと1例だけ猫で先天性に片玉を腎臓ごと欠損している子も経験したことがあります。

(これはメチャクチャにレアケースです)

⑯手術費用に制限がある

少し毛色が変わりますが、大事な理由ですので記載します。

 

動物病院は自由診療といって、自身で診療行為に価格をつけることが可能です。

というより基準となる国による価格設定がありません。

 

ですので、同じ不妊手術であっても病院ごとでかかる費用は変わってきます。

複数の病院に問い合わせていただき許容できる手術費用の病院を見つけるのも手です。

※多くはHP上で料金記載が無いと思いますが、わざと隠しているのではなく獣医療法で広告制限を受けているからです

 

その中で、猫限定ではありますが地域猫専門で手術を請け負っている動物病院(NPO法人)もいらっしゃいますので、該当する場合はお住まいの住所で調べてみてください。

 

他、自治体によっては猫の不妊手術に助成金が出ている場合もありますので活用するのも手でしょう。

※高槻市では助成金が出ています

 

最後に

長くなってしまいましたが、今まで経験した飼い主様が不妊手術を避ける理由についてなるべく網羅的に解説しました。

 

本記事に載っている以外の理由もあるかと思います。

当院は動物を伴わない相談も外来業務として受け付けておりますので、悩んだ際はぜひ一度ご相談ください。

 

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