院長の木村です。
みなさま、不妊手術はお済みでしょうか。
診察していると意外と未去勢・未避妊の動物が多く見受けられます。
割合の多さで言うと♂犬>♀犬>♀猫>♂猫という順です。
猫の未去勢はほとんど見かけません。
スプレーが臭いですもんね。
さて、HP上の案内(診療のご案内|避妊去勢手術について)でも概要を記載しておりますが改めて不妊手術の説明です。
以下の記事で当院の不妊手術の内容や流れを紹介しておりますので、合わせてお読みください。
【獣医師監修】去勢避妊手術について手順や内容を紹介します
今回は不妊手術のメリットとデメリットの話です。
不妊手術は病院からもよく推奨されると思いますが、具体的にはどういったメリットとデメリットがあるのでしょうか。
メリット
①将来のホルモン関連の病気予防に繋がる
去勢:精巣腫瘍・前立腺肥大・会陰ヘルニア・肛門周囲腺腫の予防効果
精巣腫瘍
精巣腫瘍には間質細胞腫、精上皮腫(セミノーマ)、セルトリ細胞腫の3種類が存在します。
一般的に良性として扱われますが、一定割合でリンパ節や肺などへの転移(悪性の挙動)も起きます。
転移があった際は外科切除+抗癌治療を行います。
前立腺肥大
前立腺が大きくなるとすぐ近くの直腸を押しつぶして便の通過障害を起こし慢性の便秘症になることがあります。
便が出にくくなると、排便のたびに苦しみながらいきんだり便が溜まり過ぎて食欲が落ちたりと体調に悪影響を及ぼします。
また、前立腺炎を起こしやすくなり慢性化してしまうと再発性難治性の痛み持ちになって長期間の投薬を余儀なくされたりします。
時折未去勢シニアのわんちゃんがびっこを引くということで検査したら、関節炎ではなく前立腺炎だったということも割とあります。
会陰ヘルニア
お尻に起きる脱腸みたいなものです。
種々の理由から直腸が拡大あるいは蛇行して、いきんでも便が出せない排便障害を起こします。
これは脱腸みたいなものと言っても腸粘膜が露出してしまう直腸脱とは違う病気です。
排便障害が起きると見ていて可哀想なくらい動物のQOLが低下します。
また、ちょっとずつ色んなところに排便するのでオムツをしないと家の中が便だらけになります。
根本的に治していくには難しく高額かつ長時間の手術が必要になります。
※片方だけ手術してももう片方で後々発症するので、多くの場合両側一気に手術します。
私自身、事情があり手術できなかった会陰ヘルニア患者を長期で診た経験がありますが、どんなにうまくコントロールしても2−4週間毎の通院が必要でした。
それも毎日下剤や下痢止めを微調整しながら飲んだ上で、です。
症状がひどい時は週2回で通院いただいて摘便することもありました。
内科で凌いでいくには苦しい病気の一つです。
肛門周囲腺腫
その名の通り肛門近くの分泌腺が腫瘍化したものです。
良性腫瘍ではありますが、徐々に巨大化していき、できた場所や大きさによっては排便障害を起こすことがあります。
また、腫瘍全般によくあることですが大きくなると潰瘍を起こしてそこに菌感染を起こすと痛みを訴える場合があります。
肛門以外にしっぽや腰部分、包皮にもできることがあります。
未去勢でできた場合はまず去勢単独で退縮するかどうか経過観察していきます。
避妊:子宮蓄膿症・卵巣腫瘍・子宮腫瘍・乳腺腫瘍の予防効果
子宮蓄膿症
何らかのきっかけで子宮に細菌が侵入し炎症・内部に膿がたまる病気です。
基本的に進行が早く多臓器不全になって数日で死に至るため緊急手術が必要になります。
子宮蓄膿症で手術、治療した記事を上げておりますのでこちらもご覧ください。
【獣医師監修】子宮蓄膿症の恐ろしさ
開放性と呼ばれる、陰部からダラダラと排膿するパターンではまだ病勢の進行具合はマシですがそれでもいつ急変するかは分かりません。
やはり早急な手術が必要になります。
軽症かつ体力・免疫力のある患者であれば抗生物質の投与によって治まることもありますが、結局再発を繰り返すことも多いです。
当たり前ですが、避妊をしてしまえば膿が貯まる箇所が無くなるので発症しません。
卵巣腫瘍
悪性のものが多く、転移率も高い腫瘍です。
転移がなければ切除により根治は可能ですが、転移していたら残念ながら有効な治療手段は無く予後不良です。
これもやはり切除すれば発症しません。
子宮腫瘍
良性腫瘍が多く単独であれば切除により根治が狙えます。
しかし、転移していたり切除が難しければやはり有効な治療手段が無く予後不良です。
子宮腫瘍から子宮蓄膿症を続発することもあります。
状況によって避妊手術で子宮の全切除が難しい場合もありますが、手術で残ったわずかな子宮部分に腫瘍が発生した例は経験ありません。
乳腺腫瘍
犬で初回発情を迎える前に避妊手術をすればほぼ乳腺腫瘍の発生は予防できるというお話は有名だと思います。
年齢が上がっても避妊手術をすることで一部の腫瘍の発生は抑えられる可能性がありますので若齢時以外でもする価値はあります。
乳腺腫瘍は良性・悪性・混合と分類され、悪性で転移した場合はほぼお手上げです。
早期発見早期摘出が原則になりますし、根本的にはしっかり避妊してまず発生を防ぎましょうということになります。
猫でも同様に避妊済み・未避妊で乳腺腫瘍の発生率に違いがあることが知られています。
しかし大事なことは犬と違って猫の乳腺腫瘍は基本的に悪性であり、発生させた時点で厳しい闘いが待っているということです。
場合によってはほんの些細な乳腺腫瘍でも胸〜腹部にかけて皮膚をほとんど剥がす全摘出術を選ぶこともあります。
転移率も高く、基本的に予後は良くありません。
犬以上に発生させないことが重要な腫瘍です。
②発情毎の身体的・精神的ストレスからの解放
発情中に鳴き続けたり、ホルモンバランスの変化で免疫力が低下して病気にかかりやすくなったりなど身体へのストレスを伴います。
発情・交尾自体は本能の行動ですので、その欲求が成就しない精神的ストレスも強いことでしょう。
ご家族にとっても発情というのはストレスがかかります。
猫では夜通し鳴き続けてまともに眠れなかったり、犬では陰部からの出血によって何回も掃除をする羽目になったりするからです。
前者は何もできませんが、後者の対策としてはオムツの着用があります。
しかし、オムツを着用していると子宮蓄膿症や周囲の皮膚炎、膀胱炎の併発リスクがあがりますので痛し痒しといったところです。
③発情時を含めたホルモン由来の行動の抑制
マーキング・スプレー・マウンティング
すでに年齢が高く習慣化している場合は手術しても消えない場合があります。
適切な時期に不妊手術が推奨される理由の一つです。
逸走
発情による衝動は本能に根ざした行動ですので、動物自身の理性では抑えきれない時があります。
わんちゃんの散歩中にそれが起きればリードが振り払われ、不慮の飛び出し→交通事故に繋がりかねません。
猫ちゃんでもちょっとした隙間や出入りで扉が空いた隙間から一気に外に飛び出していくこともあります。
これらのトラブルは手術により発生率をかなり抑えることができます。
デメリット
①手術のリスクやそれによるダメージ
不妊は麻酔下での手術となります。
報告によれば健康な動物で犬2000頭に1頭(0.05%)、猫875頭に1頭(0.11%)が麻酔48時間以内に死亡とあります。
全身状態が悪い動物ではその割合が犬1.33%、猫1.4%に上昇します。
こちらのリスクと「手術をすることによる生涯でのメリット」を比較することになります。
また、犬も猫も避妊手術では腹膜を切開することになるので、腹膜切開をしない去勢手術と比べると体への負担は大きい傾向にあります。
体感的には3-4割の動物が術後2日ほどいつもより大人しくなるもしくは食欲が落ちその後元に戻ります。
(手術直後に思いっきり動かれると困るので大人しくなるくらいはむしろ歓迎ですが)
手術による疼痛は、術前術後にしっかりと鎮痛することによって低減が可能です。
②太りやすくなる
これはよく見聞きする話ではないでしょうか。
日本では多くの動物たちが生後6ヶ月前後で不妊手術をします。
術後はホルモン変動による基礎代謝の変化と成長期の終わりによる栄養要求量の低下によるギャップで太ります。
そして不妊手術前は大半の子が子犬もしくは子猫用のハイカロリーのフードを食べています。
そのままでは太るのも当たり前の話ではあります。
これは不妊手術をしたら速やかに避妊去勢後用などと銘打ったカロリー抑え気味のフードに変更することで防げます。
当院で手術を希望される場合は、術前より高品質・高機能の不妊手術後用フードをご案内させていただきます。
どちらでもない変化
①性格に落ち着きが見られるようになる
こちらはあくまで一般的なお話になります。
全ての動物がそうなる訳ではありませんので過度な期待は持たれないほうがいいです。
やはり性格は品種あるいは個体としての特性が強いです。
大半の子は手術後くらいでちょうど成犬・成猫になっていくので、たまたま手術によって落ち着いた風になることもあります。
②外見の固定化
ホルモンバランスによる骨格の変化が起きる前に不妊手術をすることで中性的な外観を保つことができます。
これをプラスと取るかマイナスと取るかは人によって異なるでしょう。
外観の変化は特に未去勢のオス猫で顕著です。
未去勢猫のぼってりした顔も可愛いんですけどね。
それと引き換えにスプレー行動が残ったら目も当てられないので諦めましょう。
最後に
以上いかがだったでしょうか。
当院としましては、交配を希望しない全ての動物で不妊を推奨します。
それはプロとしてデメリットを補って余りあるほどにメリットを感じるからです。
「メスを入れるのは可哀想に感じて」と不妊手術を望まない飼い主様は今もある程度の割合いらっしゃいます。
ただ、ホルモン関係の病気の発生率が跳ね上がる7-8歳を過ぎてからを想像してみてください。
もし病気になったら不妊を含めた負担の強い、リスキーな手術をせざるを得ません。
ちなみに手術をしない場合はその時にすでに腎臓病や心臓病を発症していて麻酔リスクで断念するケースですね。
それか飼い主様が積極的な治療を望まれない場合か。
いずれにせよその動物には”可哀想な”未来が待っています。
シニアに入ってしかも病気で体力が落ちている時に手術をするのか。
それとも健康で体力のある若いうちに手術をするのか、ご判断はお任せいたします。
関連記事はコチラ
【獣医師監修】去勢避妊手術について手順や内容を紹介します
【獣医師監修】子宮蓄膿症の恐ろしさ
【獣医師監修】動物の麻酔を適切に恐れる
【獣医師監修】不妊手術をしない・悩む理由Q&A