院長の木村です。

 

ここ最近、何回か猫のフィラリア症の予防に関して質問をいただく機会がありました。

この期に私自身知見をアップデートするという意味も含めて記事をまとめていきます。

概略

最初に本記事のまとめです。

 

  1. 蚊は想像以上に低い気温でも吸血し、想像以上に高く飛ぶことができる
  2. 猫のフィラリアの発生率はおおよそ犬の10%ほどである
  3. 猫のフィラリア症は突然死の可能性があり、かつ診断や治療が困難である
  4. 予防をするのが結局1番大事であり、当院では4月中開始12月中終了を推奨(通年予防もおすすめ)

蚊について

日本で見られる蚊の種類は「アカイエカ」、「ヒトスジシマカ(ヤブ蚊)」、「チカイエカ」の大きく3種です。

※ほんとはもっと種類があります

 

いずれも高槻市を含む大阪で出現し、当然ながらそれぞれが吸血活動をします。

特徴的なのは都市部やその近郊に多いチカイエカです。

他の蚊は冬眠するのですが、彼女らは冬でも吸血活動をします。

寒さに強いんですね。

 

2010年の実験では、チカイエカは気温6.8℃以上で囮のニワトリを吸血しにきたそうです。

そして気温10℃を超えるとその飛来数が増加することも明らかになりました。

 

チカイエカは主にビルの地下水槽・排水槽・地下鉄の構内など地下の水域にいます。

 

古めのマンションでは、配水管からつながる貯水槽があったり、排水槽があったりするのでビルと同様に考えていいでしょう。

冬なのに蚊にさされた経験がある方は、ほぼほぼこの種類かと思われます。

 

蚊についてのまとめはアース製薬様のサイトが参考になりますので興味がある方はご一読ください。

蚊の出現高度

かなり古い実験データになりますが、蚊の垂直飛翔能力について調べたものがあります。

その報告によると、高度25-35m地点でも15%(採集された全ての蚊を100%とした時)の蚊が採集されたようです。

 

1階分の高さを約3mとすると8-12階に相当する高さですね。

マンションの高層階に住んでいても、蚊は飛んでくるものと考えたほうがよさそうです。

フィラリア症の発生割合

猫のフィラリア症は後述するように生前診断が非常に難しいためか、日本国内の大規模な有病率調査データは見つかりませんでした。

(※見つかったらまた追記します)

アメリカのAHS(米犬糸状虫学会)の2019年のガイドラインではこう記載されています。

 

ある地域でシェルター猫を病理解剖した結果、予防されていない犬と比較して5-15%の有病率であった。

(Necropsy surveys of shelter cats have placed the prevalence
of adult heartworm infections at 5% to 15% of the rate in unprotected dogs in a given area. )

 

猫は犬と比べると、フィラリアにとって居心地の良い動物ではないので割合としては少なめではあります。

地域による差などもあるでしょうが、犬と比較して5-15%の発生率と認識すれば大きく間違いは無いでしょう。

 

ゾエティス・ジャパン株式会社様がフィラリア感染マップを出されていますのでご自身の地域で確認いただくと良いでしょう。

ここ、大阪府高槻市でも感染猫が確認されております。

 

後述しますが、フィラリア感染の確認はかなり難しいこともあり、ほんの一部と記載されている通り潜在的には多くの猫ちゃんが感染していると予測できます。

 

ウチの猫は全く外に出ないけど感染するの?

2015年の新潟県の一部の市でのデータでは家庭飼育猫でのフィラリア抗体陽性率は11.5%ということでした。

新潟以外の全ての県でそのデータが当てはまるとは限りませんが、感染リスクはあると判断すべきです。

 

フィラリア陽性猫のうち、約4割が室内飼いというデータもあるようなので、「外に出ない=大丈夫」ではありません。

AHSのガイドラインでも、屋内の猫であっても感染リスクに曝されていることが指摘されています。

また、自宅の近くに水源があったり植物が多ければ蚊の出現数も増えるので感染率は上がる可能性があります。

感染しているかどうかの検査方法

わんちゃんの場合は、ミクロフィラリアの検出(顕微鏡検査)と抗原検査という確かな検査方法があります。

しかし、残念ながら猫ちゃんにはそれが当てはまりません。

 

ミクロフィラリアは感染した日から数えて200日前後での30日程度しか出現せず、現実としてはほぼ検出不可能です。

抗原検査も猫は少数寄生がメインであることから検出精度がかなり落ちます。

抗体検査もありますが、検査会社への提出になり結果が後日となる上にスクリーニング検査としては費用が高いです。

そしてその割にはやはりこちらも精度が高くありません。

 

他には心雑音が出る「こともあります」し、心臓エコーで虫が見える「こともあります」。

重症化していればレントゲンで分かる「こともあります」。

 

そう薄々お気づきの通り、決定的な検査方法が無いのです

結局、特徴的ではないぼやっとした症状と各種検査を組み合わせて総合判断になるわけです。

ここに猫のフィラリア検査の難しさがあります。

感染後の症状と治療

初期には発熱や元気食欲の低下といった、どの病気でもありそうな症状が出ます。

ただし犬のフィラリア症と違って、猫のフィラリア症は感染してから十分な時間が経っていなくても急激に症状が進行する場合があります

症状が強く出る場合は喘息に似たような咳が見られることもあり、また感染してからは突然死のリスクを抱えて生きることになります。

 

効果的な治療は残念ながらありません。

 

私は大学時代にいくつかの犬のフィラリア症の外科摘出チームに参加させてもらったことがありますが、猫の手術をすることはありませんでした。

また、症状のメカニズムからしてフィラリアを摘出したら必ずよくなるというものでもありません。

かといって内科治療も特効薬はありません。

現段階では精々、劇症や突然死リスクをなるべく抑えるためにステロイドを使いながら経過観察する程度です。

予防が一番!

結局、予防をしっかりしてそもそも感染させないのが一番大事という結論に落ち着きます。

発症してしまったら効果的な治療が無いという意味においては、新型コロナウイルスの話に近いものがありますね。

 

余談ですが、フィラリア薬は慣習的に「予防薬」と言われますが実際には「駆虫薬」です。

蚊から体内(皮膚)に侵入した子虫が成長し、効かなくなる前に殺す薬です。

蚊から子虫が入らなくなったりそもそも刺されなくなったり、そういう効果ではないんです。

だから、月に1回、直近1ヶ月間で侵入した子虫を殺すための投薬が必要になる訳です。

どれくらいの期間予防すればいいの?

当院では4月中開始〜12月中終了をおすすめしております。

 

蚊全体としての活動性はおおよそ気温15℃と言われています。

フィラリアは蚊が運ぶ病気ですので、その出現時期に合わせる必要があります。

 

例えば大阪における過去の3月の気温データを見ると、月の内で約半分以上の最高気温が15℃を超えています。

よって、3月から蚊は活動し始めると判断できます。

同様に11月までは気温15℃を優に超えており12月から一気に落ちるので、11月までは蚊は活発に活動すると言えます。

 

前項目で記載した通り、フィラリア薬は直近1ヶ月で侵入を許した子虫を殺すために投薬するので、蚊の出現時期を1ヶ月後ろにずらした結果、4月〜12月の投薬となる訳です。

ただし、この考え方はあくまで当院のものであり、病院によっては7ヶ月〜8ヶ月での投薬を指示される場合があるでしょう。

 

蚊の出現時期は地理的要素が大きいため、その土地での獣医師の指示が最も的確です。

一般論として述べるのならば8〜9ヶ月分で処方されることが最も多いのではないでしょうか。

 

また、近年はフィラリア予防について通年予防という考え方が出ております。

ゾエティス・ジャパン株式会社様が通年予防についてまとめられておりますのでご一読ください。

当院でも通年予防は推奨しており、理由は以下の2つです。

  • 温暖化やその年ごとの気温変動によって蚊の出現時期がズレる
  • チカイエカは冬でも吸血活動をすること

外に出ることがある猫ちゃんや同居動物(犬も含む)が外に出る場合では冬場のノミダニ対策も兼ねる効果もあります。

内容のおさらいとフィラリアを予防する重要性

本記事のおさらいです。

 

  1. 蚊は想像以上に低い気温でも吸血し、想像以上に高く飛ぶことができる
  2. 猫のフィラリアの発生率はおおよそ犬の10%ほどである
  3. 猫のフィラリア症は突然死の可能性があり、かつ診断や治療が困難である
  4. 予防をするのが結局1番大事であり、当院では4月中開始12月中終了を推奨(通年予防もおすすめ)

 

残酷な事実ですが、猫の突然死の約1割がフィラリア症によるというデータがあります。

 

突然死というのはとても悲しいものです。

突然ではない死も我々に十分な悲しみと喪失感を与えますが、昨日一昨日、下手したら今朝まで元気だった我が子が急にぐったりしてそのまま亡くなってしまうというのは心の準備の無さも相まって耐え難い辛さを生みます。

 

多くの病気では、交通事故のようなものでその発生率を0%にすることはできません。

ただし、フィラリア症だけは別なのです。

フィラリア症は予防(駆虫)を継続することで理論上100%防除できる数少ない病気の一つなのです。

動物病院が口酸っぱく予防を推奨する理由がそこにあります。

 

かつて猛威を奮い動物の命を数多く奪ってきたフィラリア症も、予防意識の高まりとともに下火になってきました。

しかし下火になったら後は勝手に収束するというものではありません。

感染動物から吸血した蚊が予防していない動物に何頭も再感染させたら、また加速度的に患者が増えていきます。

そうならない為に、ここ10数年の飼い主皆様の努力が無に帰らないようにしっかりと予防をしていきましょう。

 

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