院長の木村です。
本記事では『犬猫の安楽死についての是非』というテーマを取り上げてみたいと思います。
大切な犬猫との出会い、そして別れ。
穏やかに亡くなる子もいれば、苦しく闘病した結果に亡くなる子もいます。
一緒にいる時間をなるべく伸ばしたいのも、苦しい思いをさせたくないのも家族の愛情です。
そんな時にかかりつけ医から『安楽死』という選択肢が提示される場合もあるでしょう。
安楽死の是非について正解というものはありませんが、獣医師という経験・立場から一意見としてお伝えしようと思います。
本記事は語弊なく丁寧にお伝えするために内容が長くなっております。
落ち着いて読めるタイミングにぜひお読みください。
安楽死とは
安楽死とは人や動物を苦痛なく死に至らしめる行為であり、尊厳死と表現される場合もあります(wikipediaより改変して引用)。
安楽死には以下の2種類に分けられます。
1.積極的安楽死:薬剤の投与によって死に至らしめる
2.消極的安楽死:延命・維持措置をしないあるいは停止することによって死に至らしめる
日本においては、人医療では安楽死はほとんど認められておらず患者自身の意志があった場合でも処置者が罪に問われる可能性があります。
対して動物では明確な法定義は為されておらず、事実上その是非は家族を含む動物医療関係者の良心に委ねられています。
安楽死の方法(積極的安楽死)
ペットとしての犬猫においては、主に動物病院で積極的安楽死として処置されることになります。
病院ごとに細かな差異はあるものの、基本的には以下の通りに行われます。
1.静脈ルートを確保し、各種モニターを生体に装着する
2.麻酔薬の過剰投与によって意識を完全に停止させ、生体反応を停止あるいは停止寸前にまでする
3.筋弛緩剤の投与を行う(行わない場合もあり)
4.塩化カリウムを投与し苦痛なく心臓を停止させる
5.獣医が生体反応の完全停止を確認する
以降、必要に応じてご遺体を清拭しご家族にお返しします。
ご家族はご遺体を環境センター等の公営施設に連れていき合同火葬をしてもらうか、民営のペット火葬業者に火葬を委託します。
火葬以外にも自宅敷地内への埋葬も法律上は可能とされています。
安楽死の方法(消極的安楽死)
積極的安楽死とは対照的な方法であり、いわゆる「自宅看取り」ということになります。
病気の原因が診断され延命治療を行なっていたがそれを中止する場合や、治療そのものを開始しないことが消極的安楽死に分類されます。
動物病院側として数は承知していませんが、動物の不調を老衰や限界と考え病院に連れて行かずに看取りを行うケースも多いと推察されます。
動物が亡くなった後は積極的安楽死同様に荼毘に伏します。
安楽死を考えるケース
ご家族が犬猫の安楽死を考えるあるいは獣医が選択肢を提示するケースは以下の通りです。
①動物が病苦に苛まれていて、治療しても回復の見込みがないもしくは極めて薄いと家族が判断している
②動物が病苦に苛まれていて、治療しても回復の見込みがないもしくは極めて薄いと獣医が判断している
③これから治療を開始しても延命治療となり苦痛に満ちた最期を迎えると獣医学的に予想がされる
④回復の見込みはあるが苦痛に満ちた闘病生活を家族が受け入れられない
⑤回復の見込みはあるが金銭的、あるいは環境的理由により治療を開始できない
以上のケースで、大半では動物病院や獣医師との相談となります。
獣医が安楽死を提示しないかもしれないケース
先述した通り、犬猫の安楽死そのものは法律上の縛りを受けないためその是非はご家族や獣医師の良心に委ねられます。
各獣医師あるいは動物病院は、安楽死を提示する条件を定めている場合があります。
例えば①の家族がもう回復しないと判断しているケースであっても、獣医師が「まだ治療すれば助けられるかもしれない」と考えている場合は逆に安楽死を断られるケースもあり得ます。
④の闘病生活をご家族が受け入れられないケースも、多くの獣医師は熱心に説得を試みるでしょう。
⑤の治療をそもそも開始できないケースも獣医師によっては依頼されても安楽死を断る可能性があります。
個人的な安楽死に対しての見解
まず前提として、これからお伝えするのは私個人の見解でありその考えが正しいとは誰も決められないことをご了承ください。
私は獣医療を医業であるとともにサービス業としても捉えていますので、ご家族が強い意志を持って安楽死をご希望された時にはほとんど断りません。
大袈裟な表現ですが、私にとって獣医師というものは動物の治療を通してご家族の心を救う職業だと考えています。
獣医学的に時期尚早だとしても、安楽死を希望されたご家族の意向に沿わないのはご家族の心を救うという目的から離れてしまうからです。
ただし、動物に十分な検査が為されていて予後がある程度予測できていることとご家族全員の熟慮と同意があることを前提条件としています。
また、⑤の治療をそもそも開始できないケースでも十分なご理解とご納得を頂いた上であれば安楽死をしますし、逆にご提案することもあります。
私個人は、安楽死自体をなるべく忌避すべきものではなく動物たちを苦痛から解放する治療の一つと考えています。
安楽死を考える目安
ご家族が安楽死を考える、あるいは獣医師側からご提案する目安は本当にケースバイケースです。
私が勤務医時代に一緒に仕事をした数多くの先輩・同僚・後輩獣医師それぞれでも安楽死を提示する場面は違いました。
目安の1つ目はタイミングです。
タイミングとは「これ以上苦痛を長引かせたくない」と考えた時または「苦痛が始まる”前”」です。
特に後者の考え方をするご家族・獣医は少ないですが、「安楽なうちに逝かせてあげる」という考えをお持ちいただくのも一つかなと思います。
ただ、頭ではこれから苦痛を味わうと理解していても現在元気に過ごしている我が子を安楽死させるというのは心理的抵抗が大きいのは事実です。
目安の2つ目は食欲です。
延命治療であることは理解しつつもどこで決断を下すか悩む時は、動物の食欲に注目するご家族はとても多いです。
生きる上で「食べて出す」というのは当たり前の行為です。
その当たり前の行為ができなくなった、特に消化器そのものには問題が無いのに食べ物に見向きもしないという状況を寿命と捉える方は多くいらっしゃいます。
またいつも食べることが楽しみであった子が全く食べなくなったというのも、「大きな楽しみの一つを失った」という意味でターニングポイントになります。
目安の3つ目は苦痛の種類や程度です。
ご家族が安楽死を考える時に、大きな病気とそれに伴う苦痛をご自身もしくは近しい人で経験された方は「苦痛」という要素を重要視される傾向にあります。
私は動物の苦痛には「痛み」、「気持ち悪さ」、「呼吸の苦しさ」、「ダルさ・しんどさ」、「空腹」に分けられると考えています。
それ以外にも例えば「動きたいのに動けない」といったストレスによる苦痛もありますが、私の考える安楽死を検討する苦痛の種類としては前者5つとなります。
痛み
代表例は骨肉腫という骨の腫瘍です。
診断された際は治療としてではなく苦痛緩和のために断脚などを提案される深刻かつ予後不良の代表格のような病気ですが、非常に強い痛みを感じると言われています。
食欲が無くなってしまう、全然動かなくなってしまう、常に鳴いているといった症状を伴う「痛み」は安楽死を考えるレベルと言えます。
こういった強い苦痛に襲われている動物はちゃんと寝られない、リラックスポーズを取れないといった症状を呈します。
気持ち悪さ
消化器を含む内臓系の病気で多く見られます。
制吐治療を十分しているにも関わらずえずきや嘔吐、口のクチャクチャ、流涎などが見られる動物は、かなりの気持ち悪さを感じていると推察できます。
「たかが気持ち悪さで…」と思う方も中にはいらっしゃるかもしれませんが、こういった強い気持ち悪さを止められない病気は往々にして予後不良です。
この先ずっと強い気持ち悪さを感じながら生きるのが分かっているとやはり安楽死を検討すべきと考えます。
呼吸の苦しさ
肺炎もしくは肺水腫が代表的です。
今の状況を乗り越えられれば苦しさが消失する可能性は高いものの、再発リスクを抱えていたり残念ながら苦しいまま亡くなってしまうリスクがあります。
特にわんちゃんの心臓病から来る再発性の肺水腫は安楽死を積極的に検討する病気の一つと言えます。
呼吸の苦しさというのは苦痛の中でも特に耐え難いものであるとも言われます。
昨今のコロナ禍では回復した患者様(特に著名人)が肺炎による苦しさをSNS等各種メディアでリアリティを持って発信されることも多いので、それらを目にした方もいるのではないでしょうか。
ダルさ・しんどさ
大きな炎症や発熱によるダルさや血圧低下によるしんどさを指します。
特に腫瘍関係では無秩序に発熱したり痛みを伴う炎症性のダルさを感じる機会が多くあります。
しかしだいたいの病気で大なり小なりダルさ・しんどさというものは出てくるので、特別な目安とはしにくいのも事実です。
また、脱水その他による血圧低下でしんどさが出ている場合はどこまで治療をすべきか悩んでいる間に意識レベルが低下しそもそも苦痛を感じにくい(と思われる)状況に陥ることも多くあります。
空腹
病気による空腹で苦痛を感じるというのはイメージしにくいかもしれません。
これは口や顎周りの腫瘍で見られる症状です。
腫瘍が大きくなり口や顎関節が動かせなくなった結果、食事ができなくなるケースがあります。
内臓は元気だから空腹感を感じるもののまともに食べられない。
餌場には来て食事の匂いは嗅ぐもののしばらくしたら諦めて去っていく。
病気の中では多くはない症状ですが、「空腹」は動物の苦痛のみならず目の当たりにしたご家族にも強い心理的負荷がかかります。
強烈な臭い
番外編となりますが、常に強い臭いを発し続ける状況にある(もしくはそうなると予想される)動物では安楽死を考えるべきでしょう。
強烈な臭いというのは主に腫瘍が壊死する臭いを指します。
体表にある腫瘍(乳ガンなど)が事情により切除できず進行していく場合、必ずある時期で壊死を始めます。
壊死が始まると”死臭”とも取れる強烈な臭いを常に発し続けます。
※消化器系疾患でも臓器が崩壊し始めた時は口や便から同様の臭いが出ます
これは動物でも人でも、一度経験したなら絶対に分かる類の臭いです。
残念ながらこの臭いは患部をマメに消毒・洗浄すればどうこうなるものではありません。
敏感な方なら、そういった動物がいる家の玄関を開けた時点で分かるほどの強烈さです。
常に我々人が本能的に忌避感を覚える臭いが家中に漂っている状況は、ケアをするご家族にとって想像を絶するストレスがかかります。
「臭いが強い=動物が耐え難い苦痛を感じている」とは限りませんが、予後不良の状態でもあるためご家族のQOLを守るためにも安楽死を提案することがあります。
安楽死を検討する際に大切なこと
お考え次第という面もありますが、「安楽死とは苦痛から解放する治療の一つである」と捉えていただくといいかもしれません。
大切なのは、動物の状態・予後について検査で情報をしっかり集め、それをご家族全員で共有することです。
全員が十分な情報を持った上で、大切な我が子のためにしっかり話し合いをして全員が納得するまで先走って安楽死すべきではありません。
治療を進めるにせよ立ち止まるにせよ安楽死にせよ、どれかの選択をした後には必ず後悔が起きます。
「もしかして治療を選んだら今頃元気に走り回っていたんじゃないだろうか」
「(亡くなった後に)あの時に安楽死をしていたら苦痛を味合わせずに済んだんじゃないだろうか」
こういった負の感情が起きるのは人として当たり前です。
しかしその際にお1人が先走って治療にせよ安楽死にせよを実行してしまったら、その方が他のご家族に起きた負の感情の矢面に立たされます。
大切な我が子のために全力で悩み抜いた結果がご家族の不仲に繋がることほど不幸なものはありません。
きっとその子も自分のことで大事な家族の間で喧嘩が起きることなんて全く望んでいないでしょう。
治療に関して大きな決断をする際は、ご家族でしっかり話し合いをし全員が納得すること。
これだけは全てのご家庭で言える大切なことです。
最後に
長い記事を最後までお読みいただきありがとうございます。
本記事の内容が少しでも安楽死について悩むご家族の助けになれば幸いです。
命に関わる決定に正解はありません。
どの道を選んでも後悔というのは生まれてしまうことはありますが、なるべくそれが少ない選択をしていただければと思います。
もし、こういった重大な決断で悩む際には”セカンドオピニオン”を依頼するのも一つの手です。
当院ではセカンドオピニオン、特にご家族だけで来院いただいての相談も承っております。
よりご家族のお気持ちに寄り添える回答を差し上げるために、セカンドオピニオンの際はなるべく治療経過に詳しい方のご来院と今までの検査結果を持ってきていただければと思います。
また2022年8月より試験的に「オンライン・セカンドオピニオンサービス」を開始しています。
諸事情により来院が難しい方は、こちらもご検討いただければ幸いです。
【重要】追記1
お電話口での安楽死に関するセカンドオピニオンにはお答え致しかねますので、ご了承くださいませ。
【重要】追記2
当日での安楽死をご希望の方が、遠方より予告なく来られるケースが多く見られます。
当院での安楽死対応は基本的に診察終了後に行っておりますので、車などで長時間お待ちいただくことも多いです。
その際は予めお電話またはメールにてご連絡いただけますと幸いです。
その時の状況に応じたご案内を差し上げます。
たかつきユア動物病院(木曜・日曜・祝日休診 9:30-12:30、16:00-19:00)