院長の木村です。
本記事では猫の肥満問題について解説します。
猫ちゃんを取り巻く環境というのは、皆様の意識の高まりとともにどんどん良くなってきました。
野良で生活することが無くなり、食べ物を自分で確保する必要が無くなり。
病気や死のストレスに怯えることも減った。
それ自体はとても良いことです。
人権ならぬ猫権としてそういった環境は確保されるべきでしょう。
今、多くの猫たちには過剰なくらいに食べ物が供給され、生きるために必死で動き回ることも無くなり、病気で貯蔵脂肪を消費する機会も減りました。
その結果、肥満の問題が増えつつあります。
今回は猫の肥満がどういったきっかけで起きて、どういう悪影響を及ぼすかを解説します。
最後まで見ていただくと、大切な猫ちゃんの食事管理をするモチベが上がりますのでぜひ読んでみてください。
どうして太ってしまうのか
まずシンプルな話をすると、
摂取カロリー>消費カロリー
だから太るということですね。これに異論は出ないかと思います。
太りやすいシーンは避妊後(多くの子は6ヶ月齢くらい)〜7歳前あたりです。
7歳以上のシニアに入ると、脂肪の量はあまり変わらないけど重い筋肉が徐々に落ちていくので結果的には体重がジリジリ減る傾向にあります。
筋肉量が減ったり体自体が重くなったりすると疲れやすくなるので、猫ちゃんは運動量そのものが落ちてきます。
今までは延々遊んでいたおもちゃでもすぐ飽きたり、運動会のように走り回っていたのが落ち着いた行動になったり。
まさに「貫禄が出てきた」って感じになります。
そして運動量が落ちると消費カロリーが減るのでますます太りやすくなるという訳です。
太るきっかけ
色々ありますが、一番大きいのは避妊・去勢手術を境にして太るパターンです。
これは消費カロリーが減るのと摂取カロリーが増えるのとダブルパンチです。
ただ、太るからといって手術を避けるのはおすすめしません。
各種の良質な不妊手術後用フードがありますので、そちらに速やかに切り替えていただければ肥満は防げます。
避妊・去勢手術のメリット・デメリットについて気になる方はこちらをご覧ください。
【獣医師監修】悩むことの多い不妊手術の実施によるメリット・デメリットを解説!
【獣医師監修】不妊手術をしない・悩む理由Q&A
また当院の手術の流れについては知りたい方はこちらをご覧ください。
【獣医師監修】去勢避妊手術について手順や内容を紹介します
他にも様々、家庭のご事情によってあるでしょう。
次項では細かい具体例と対策について解説します。
太らせないためにどう対策したらいいのか
下記以外にも太るきっかけは色々あると思いますが、ここでは具体例と対策として取り上げます。
- シンプルに与え過ぎている
- 置き餌管理で、無くなったたびに適当に追加している
- 病気や天候によって運動制限がかかった
- 病気を機に療法食に変更したが、そのカロリーが高い
- リモートワークで自宅にいる結果、おやつをあげる頻度が増えた
- 消化吸収効率が良すぎる
- お腹が空くと鳴き続けたり、噛みにきたりするのでついあげてしまう
- 多頭飼育で他の動物のご飯を盗み食い(横取り)してしまう
- 太りやすい病気が隠れている
理想体重とその適正量を与える
まず1-5では、すごく簡単な話で適正量を計算して与えるということが大事になります。
みなさんはフードの袋裏面の給与量を見て、1日量を決めていらっしゃるのではないでしょうか。
そこから開始することは間違いではありません。
ちなみにそこに書かれている体重は「理想体重(除脂肪体重)」であって「現体重」ではありません。
現体重で見ていた方はまず理想体重の量に変えてみましょう。
しかし理想体重の厳密な算出方法は残念ながらありません。
今の体型から獣医師に判断してもらうか、成長期終わりの8-10ヶ月齢頃の体重を理想体重とするかくらいのざっくりとしたものです。
ロイヤルカナン様の「体重管理① 適正体型を知ろう」を参考として見ていただくことをおすすめします。
理想体重が分かれば、そこから適正な必要カロリーを計算することが可能です。
必要カロリー=安静時要求エネルギー × 活動係数
安静時要求エネルギー(kcal/day) = [体重(kg)]^0.75 × 70
はい、やりたくないですね笑
一応動物病院ではこの計算をすることが多いですが、正直獣医師も看護師もめんどくさいなと思いながらやってます。
試したい方は√ボタンがある電卓(実物でもスマホアプリでも電卓でググってもらってもOK)で、
体重(kg)を3回かけて=押して√を2回連続押してその数字に70をかけてください。
そしたら安静時要求エネルギーが出ます。
簡単なやり方としては以下の計算式でも出せますが、こちらのほうが誤差が起きやすいです。
安静時要求エネルギー(kcal/day) = 70+30×体重(kg)
さて、ここまで読んでいただいてなんですが、すっごい綺麗にまとめられている病院様のサイト機能を見つけましたので共有します。
色々難しいこと考えずに、サイトの指示通りに体重その他を入力してポチってもらったら全部OKです。
適正量をすでに下回ってるんだけどその場合はどうしたらいいの?
もちろんそういう子はいます。
おそらく消化吸収効率がめちゃくちゃ良いんです。基礎代謝が低いんです。
野生の世界では一番生き残れる確率が高いタイプですね。
ただ、生きているのは野生ではありませんのでなんとか対応しないといけません。
まず1個目の対策は「体重が減るまで量を減らす」です。
フードの適正量を下回っているのに太ったまま体重が維持される、あるいは増える場合って結局カロリー過多なんです。
だから、しっかりとした総合栄養食を使っていただいていたら量を更に減らしても栄養失調にはなりません。
ただし、おやつ分のカロリーはそのままにフードだけ減らすのは止めてくださいね。
これは栄養が偏る恐れがあります。
2個目の対策は「更に強力なダイエット食に変える」です。
すでに肥満を心配されている方は市販で買えるダイエット食に変えていることでしょう。
それでもダメならガチガチのダイエット療法食に変更するのも手です。
現状私の知る限りだとロイヤルカナン様の「満腹感サポートシリーズ」が突出してカロリーが低くなっています。
満腹感サポートシリーズは人気なこともあり改良・開発が続いておりまして、その新製品系は病院からしか購入はできません。
試してみたい方は動物病院までお問い合わせください。
特に「満腹感サポート+CLT」はお腹が減り過ぎてイライラする、そのイライラを落ち着けてくれる成分も配合しているのでとてもおすすめです。
もし、今すでに310kcal/100g未満の製品を使用しているのであれば残念ながらそれ以上のカロリーオフフードはありません。
3個目の対策は「ダイエットサプリを併用する」です。
「これ以上フードの量を減らすと無くなっちゃう」、「今でも暇さえあれば食べ物を探しているのにこれ以上の減量は…」という方におすすめです。
最近獣医業界で話題になっているサプリメント「EneALA」を併用します。
これはライザップが監修している燃焼系サプリと同じ成分と書けば分かりやすいでしょう。
ただし、ヒトと猫は当然ながら成分量が違うのでヒト用はあげないようにしてくださいね。
もちろんサプリを飲んだからといってその分フード量を上げてしまっては意味がありません。
あくまでフード量を維持しつつ併用するのが基本です。
試す場合は最低1ヶ月〜できたら3ヶ月継続(1日1回投与)するのが良いでしょう。
当院では現在入荷しておりませんが、「グラボノイド」も動物用ダイエット系サプリになります。
6−7では、更に強力なダイエット食に変えるか各種サプリ(サイリウム、EneALAなど)を併用してみましょう。
盗み食いはどう止めたらいい?
8の多頭飼育での盗み食い問題は正直言って明快な回答はありません。
できれば、一斉給与で人が見ている内にそれぞれの猫が自分の分を完食してくれると一番楽です。
しかし猫ちゃんは置き餌で「ダラダラ食い」をする子も多いので、そういった子は一斉給与では少量しか食べなくて痩せていくことも考えられます。
もし、家で各猫にサークルやクレート、ケージを活用しているのであれば、フリーにしていない時間は「ダラダラ食い」の子には中に置き餌してあげるといいかもしれません。
逆に全員全ての時間でフリーにしている場合は、盗食阻止はほぼ不可能です。
その場合、仮に猫たちがみんな肥満で他に療法食を使用していなければ、みんなまとめてダイエット食に切り替えることが可能です。
ただし、このやり方も変に痩せていく子がいないかは随時確認する必要があります。
また、1匹でも療法食を食べている子がいるとこの作戦はとてもやりにくくなります。
その状況でまだ使いやすいのは、幅広い疾患で適応できるロイヤルカナン社の「ニュータードケア」かヒルズ社の「w/d」です。
もしフードを変えてみたいという方は、いきなり変える前に必ずかかりつけ医に相談しましょう。
肥満の子は一度健康診断を!
3、9では運動量が落ちる病気が隠れている可能性がありますので、肥満の子は健康診断を受けることをおすすめします。
整形(関節)疾患は運動量が少なくなるけれど重症でなければあまり食欲は落ちません。
結果的にはカロリー収支バランスが崩れて肥満につながります。
1−2歳の頃の運動量と今現在の運動量が比較的少なくなったり、ジャンプする回数や高さが変化したりしている場合はその旨を獣医師に伝えて関節の検査をしてもらいましょう。
おやつのあげ方
おやつは全摂取カロリーの5%が適正量と言われています。
動物で細かいカロリー計算は正直無理なんで、ざっくりと重さで考えましょう。
ちなみにおやつには歯みがきガムなどの間食が全て含まれます。
間食としてカロリー無視できるのはきゅうり(約15kcal/100g)くらいですかね。
猫ちゃんはほぼ食べないでしょうが。
みんな大好き「ちゅ〜る」は、製品にもよりますが標準で約93kcal/100gです。
おやつをあげる上で大事なのはご家族で1日であげるおやつの総量を把握することです。
つまり、1日の始まりにあらかじめ決めておいた量のおやつを小瓶に入れてリビングかどっかに置いておきます。
そしておやつをあげる時は”その小瓶から取り出す”のです。
なぜそうするかというと、ご家族それぞれが「(他の人は知らないけど)自分はちょっとしかあげてないよ」と思っているからです。
それ×人数分やると結局まぁまぁのカロリー摂取になっている訳ですね。
おやつの袋には1日の限度量や本数の記載があると思いますが1回そこは無視して、カロリー計算(1日必要カロリーの5%として)してその分のおやつを小瓶に入れてみてください。
実はおやつを「あげ過ぎていた」ことが判明するかもしれません。
肥満の状態が続くとどうなるのか
慢性関節炎
猫ちゃんは隠れ慢性関節炎が多いことで知られています。
ある調査では関節炎もしくは変形性関節症の罹患率は11歳齢の猫では40%台、12歳齢では70%でした。
なぜ「隠れ」なのかというと、関節炎は中高齢で発症することが多いので「”歳”で動きが少なくなった」と誤解されやすいんですね。
猫ちゃんは症状を隠すので非常に分かりづらいですが、関節炎があれば必ず関節痛もありますのでQOLが下がっているはずです。
実際に私も鎮痛剤やサプリを長期投与して元気になった子を多数経験しています。
肥満がずっと続くと、関節に必要以上の負荷が持続的にかかってしまいます。
なるべく慢性関節炎を防ぐために適正体重を保ちたいですね。
糖尿病
現在の獣医療は猫の糖尿病メカニズムを全て明らかにはしていませんが、猫とヒトの糖尿病は似ていると言われています。
つまり、肥満による2型糖尿病が起きうるという訳です。
経験上でも肥満によるインスリン抵抗性で血糖値が上がったり糖尿病を発症したと思われる猫ちゃんはそれなりにいます。
発症後、ごく一部の子はインスリン治療から離脱できますが、たいていの子は治療が継続します。
糖尿病は1日1〜2回のインスリン注射が欠かせないし、定期的な通院も必要だし調子を崩すとすぐ命に関わってくるといった厄介な病気です。
その他
皮膚病や肥大型心筋症、肝リピドーシス(急性肝不全)の発症リスクが上がります。
また、脂肪の層に邪魔されて肺が膨らみにくいので呼吸能力にも影響が出ます。
もし麻酔をかけなければいけないとしたら、肥満動物は”麻酔がかかりにくくて覚めにくい”、”人工呼吸が管理しにくい”のでリスク要因となります。
最後に
見てきた限り怖い病気が多いですね。
そして病気の大半は1回かかると症状をコントロールすることはできても本当の意味で治ることはありません。
治療は、緩和とか寛解を目指すという形ですね。
肥満による悪影響は現在分かっているだけでもこれ以外にも多くあります。
対して肥満のメリットは…?
コロコロして可愛いくらいですね。
あとはメリットとは言いづらいですが、気兼ねなく暴飲暴食できるところですかね。
※時々、我慢せず太く短く生きさせたいというお考えでガンガン好きなものを食べさせる飼い主様もいらっしゃいます。
猫ちゃんの肥満は我々人間の生活習慣病にイメージが似ています。
それを考えると体重管理をすべきかどうかは自明の理でしょう。
少なくとも動物病院・獣医師としては適正体重をキープするよう食事管理することを強くお勧めします。
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