院長の木村です。
本記事では「犬の去勢手術について」というテーマで徹底的に解説していこうと思います。
犬の去勢について「やるべきかやらないべきか」、「やらなくてもいいのか」、「危なくないのか」、「何歳までできるのか」など皆さんが気になる点も含めて網羅していきます。
犬の去勢手術について詳しく知りたい方はぜひ最後までお読みください。
犬の去勢手術とは
犬の去勢手術についての概要からいきましょう。
犬の去勢手術は睾丸を摘出する手術で、ほとんどの動物病院で実施可能です。
その術式は閉鎖式と開放式がありますが、大きな差はありませんので病院ごとの慣れた術式で行われます。
犬の去勢手術をすべきかどうか
これは臨床獣医師の立場から一般論を述べると「去勢すべき」という結論になります。
なぜ去勢手術をすべきなのかを順に説明していきます。
犬の去勢手術をするメリット
去勢手術をするメリットを簡潔にまとめると以下の通りです。
- 望まぬ誤交配を永久に避けられる
- 問題行動をある程度、予防・抑制できる
- ホルモン関連性の病気などを予防できる
- 発情によるストレスや逸走を抑制できる
いずれも重要な去勢手術のメリットですが、病気を治す獣医師の立場からは特に②と③が大きく感じます。
病気にせよ問題行動にせよ、起きてから治すより起きる前に予防する方が圧倒的に簡単で費用や手間もかかりません。
特に若く健康であるうちに去勢手術をすることで、リスクを最小限にしつつそのメリットを最大限に享受することができます。
②問題行動の予防や抑制
問題行動とは、犬にとって生理的でも家族や人間社会あるいは他の犬にとって不都合である以下のような行動を指します。
ただし、性格や生活習慣による影響も大きいため去勢で100%抑制できるとは限りません。
- マーキング
- マウンティング(腰振り)
- よそのメス犬を追いかけ回す
- よその未去勢犬との喧嘩・攻撃性
③ホルモン関連性の病気などを予防
去勢により予防あるい低減できる雄性ホルモンに関連した病気や精巣の病気は以下の通りです。
- 前立腺肥大や前立腺炎
- 精巣炎や精巣腫瘍(3種類)
- 会陰ヘルニア
- 肛門周囲腺腫
①〜③の病気は治療が難航したり、犬にかなりの負担をかける手術であったり、腫瘍では転移して亡くなる危険性も秘めています。
④は去勢単独で消えることもありますが、モノによっては肛門括約筋を含めた切除術が必要になることもあります。
犬の去勢手術をするデメリット
一方、去勢手術にはデメリットも存在しますので同様にまとめましょう。
- 太りやすくなる
- 麻酔リスクがある
- 手術の合併症がある
- 手術に関わる費用がかかる
- 未来永劫、交配ができなくなる
いずれも心配でしょうが、皆さんが特に気になるのは②と③を合わせた手術リスクと④の手術費用でしょう。
これらも細かく解説します。
②、③手術リスク(麻酔+合併症)
まず麻酔に関して去勢手術特有の危険性はないので、一般論としてのリスクとなります。
まず若く健康な動物での麻酔関連死亡率ですが、0.05〜0.6%(文献により差があり)程度となります。
主な合併症については以下の通りです。
- 術後の腹腔内出血(手技または体質による)
- 陰嚢浮腫(一時的)
- 術部感染(極めて稀)
- 総鞘膜からのヘルニア(極めて稀)
警戒すべきは①の手技による術後腹腔内出血で、そうならないために精巣動脈の確実な結紮が術者に求められます。
一方、かなり稀な体質による止血機能不全の場合は貧血が重篤化する恐れがあります。
通常は術前検査で血小板数測定により止血機能を評価しますが、ご心配な方は凝固系検査を追加で依頼してもいいかもしれません。
ただし、健康な犬の去勢手術でルーティンに凝固系検査まで行う病院は私は知る範囲においてはありません。
凝固系まで検査すれば更に正確な止血機能の評価をできますが、術前検査費用が高額になる場合もあります。
術後ヘルニアについては、理屈上では術式により多少リスクが変わるものの実際に経験したことはありません。
④手術費用
去勢に関わる費用(術前検査費用、手術費用など)は2万円〜5万円前後であることが多いでしょう。
ただし動物病院は自由診療ですので、病院ごとに必要な費用は異なります。
例えば術前検査をほぼ無しですることで安くなったり、逆に十分数のスタッフと良質な手術器具を整えているために高額になっていることもあります。
ただし一概に費用が高いから安全、安いから危険と決まるものではありません。
ここでは説明を省きますが、逆もまた然りと思ってください。
また現在はペット保険に加入されている方も多いですが、残念ながら健康な動物での去勢手術に保険を適用するのは不可能ですので関連費用は実費でのお支払いとなります。
※100%断定はできませんが少なくとも私は適応できる保険会社を聞いたことがありません
犬の去勢をしなかった場合にはどうなるのか
おそらくですが、それなりの割合の未去勢犬では問題なく生涯を終えるか日常生活では認識できない軽微な異常程度で終わると考えています。
しかし厳密には、「未去勢のままなら生涯何%の確率でホルモン関連性の病気にかかるのか」といったデータはありません。
なぜならそもそも病院を受診しない犬もいる中で、全てをデータとして把握するのは不可能だからです。
実態としては我々獣医師の体感よりは、関連疾患にかかる確率は”やや”低いでしょう。
ちなみに前立腺肥大(良性の過形成)に関しては6歳を超えた未去勢犬で80%以上発生するとの報告があります。
なぜそれでも獣医師が去勢を勧めるのか
おそらくほとんどの獣医師は未去勢の犬のオーナー様に対して去勢を推奨します。
その理由は以下の通りです。
- ホルモン関連性の病気は、それなりの頻度で遭遇する=発生確率が高めである
- ホルモン関連性の病気が一旦起きると大事になりやすい
- 病気が起きるのは多くがシニア犬なので、体力等の理由で手術が選択しにくくなる
- 内科単独での治療難易度が高く、また時間や費用もかなり必要
- 問題行動改善を目的とした去勢は、遅れるほど治らなくなる
- 万一、よその犬と誤交配を起こした時にかなりのトラブルになる
- 散歩時に興奮による逸走が起きると交通事故死するリスクがある
特に問題になるのは、病気が起きてもすでに持病があったり体力が低下して手術ができないケースです。
日常診察で遭遇することが多いのは前立腺炎ですが、これは非常に難治化かつ再発しやすい病気の一つです。
「延々と続くけれど治療を止めたら痛がり出すので止められない」という状況を体験して、去勢しなかったことを後悔されるオーナー様もいらっしゃいます。
犬の去勢をする人はどれくらいの割合か
2017年のインターネット調査によれば去勢犬と未去勢犬の割合はほぼ1:1です。
2022年9月時点での当院(大阪府)記録でも同様にほぼ1:1ですので、トレンドとしては変わらないことが伺えます。
もちろん、地域ごとで大きく事情が異なる可能性があることはご承知ください。
何歳まで犬の去勢手術は受けられるのか
残念ながら一概に「何歳まで受けられる」などと線引きすることは不可能です。
なぜなら、年齢が高くなるほどに持病の有無や今の体調といった年齢以外の要因の影響が大きくなるためです。
逆を言えば少なくとも当院では若いからという理由だけで術前検査をせずに麻酔に臨むことはありません。
若くして腎臓病が出ている犬もいれば、シニアでも内臓元気でピンピンしている犬もいます。
大切なのは、しっかりと術前検査によって麻酔リスクを正確に評価し、去勢をすることで得られるメリットにリスクが見合うものかを考えることです。
極端な話、先天性の重度心奇形を持つ若い犬や逆に18歳で何事もなく生活している犬に去勢を推奨する獣医はいません。
しかしこの内容ではスッキリしないと思いますので、参考までに当院の記録をお伝えします。
当院で去勢した犬の最高齢は、現時点では「14歳8ヶ月齢」です。
去勢手術を推奨しない犬はいるのか
基本的に獣医師は去勢を推奨しますが、条件次第では推奨しない犬もいます。
獣医師が去勢を推奨しない犬の主な条件は以下の通りです。
- 過去に麻酔事故を起こしかけたことがある
- 交配を考えている、もしくは将来検討するかもしれない
- 今の体調が優れず、また去勢を急ぐ理由もない
- オーナー様が100%安全な去勢手術を求められている
- 重大な持病があり、麻酔リスクとメリットが釣り合っていない
- ご家族のどなたかが去勢手術に反対している
- 平均年齢を超える高齢犬で現在特段の問題が起きていない
- 手術費用を支払うと人側の生活が破綻する
- 5ヶ月齢未満の若齢犬である
①〜④に関してはおそらく全ての獣医師が、推奨しないどころか引き止めに回ります。
⑤に関してはかなりケースバイケースの条件ですので、その判断は獣医師によって大きく異なります。
⑥〜⑧に関してはほとんどの獣医師が推奨しないでしょうが、一部の獣医師は推奨するかもしれません。
⑨に関しては3〜4ヶ月齢での早期去勢に関するデータも蓄積されてきていますので、むしろ積極的に推奨する獣医師もいます。
私は低体温防止など麻酔管理上の難易度が高いため5ヶ月齢未満の去勢はしていませんが、十分に手技に精通した動物病院では早期去勢も選択肢に入ります。
最後に
犬を飼う上で、誰もが必ず一度は考える去勢のお話。
本記事では現役の臨床獣医師が、なるべく網羅的に徹底解説してみました。
当たり前ですが100%安全な去勢手術はこの世には存在しませんので、お悩みであれば十分に時間を取って考えていただくことをお勧めします。
その際は、どうぞお近くの動物病院を訪ねてください。
動物医療のプロである獣医師が、親身に相談に乗ってくれますよ。
もし当院に相談ご希望で直接受診することが難しい場合は、どうぞオンライン・セカンドオピニオンサービスをご利用ください。