院長の木村です。
今回は無麻酔下での歯石除去(歯石取り)について整理していこうと思います。
麻酔をかけるのが心配だったり、諸々の費用が追加されるからなど無麻酔歯石除去を希望される方も多いでしょう。
そのメリットデメリットについて適切な知識をつけ、しっかりと方針を立てて頂ければ幸いです。
結論
- 麻酔下・無麻酔下ともに特長があるが無麻酔下は限定的に考慮すべき
- 当院は麻酔下での歯石除去を推奨
- 大切なのはメリットデメリットを知った上で選択すること
歯石除去
まずは歯石除去についてのおさらいです。
犬猫では人と違い、毎日の歯磨き習慣をつけることが困難です。
どうしても食べカスが歯間などに溜まって、そこで歯周病菌などが繁殖し歯石を形成します。
歯に歯石が付着すると、表面がザラザラになるため余計に食べカスが溜まりやすくなります。
こうなってしまうと歯石の悪循環が始まってしまい口内環境は加速度的に悪化します。
とはいえ一度できた歯石は硬く、ガーゼで拭いたり歯磨きをする程度で落とすことはできません。
そこで専用器具を使った歯石除去の登場という訳です。
歯石除去の仕方
歯石除去は「スケーラー」と呼ばれる専用器具を使って行います。
また歯の表面だけでなく歯周ポケットにも歯石が潜んでいることが多いので、こちらも除去します。
動物の歯周病では、傷んで不良肉芽となっているような歯肉は削り取る処置(デブライドメント)が必要になったりします。
歯石除去やデブライドメントが終了したら、後は歯表面を磨き上げるポリッシングの処置を行います。
歯の表面をツルツルにすることで、再びの歯石付着を防ぐ効果が期待できます。
歯石除去には2種類ある
さて本題です。
犬猫の歯石除去の方法には2種類に分けられます。
「麻酔下」か「無麻酔下」か、です。
以降で、それぞれのメリットデメリットについてまとめていきます。
麻酔下歯石除去
動物病院において一般的に行われる処置となります。
犬猫に対して全身麻酔をかけて歯石除去の各工程を行います。
麻酔下歯石除去のメリット
- 犬猫の苦痛を低減できる
- 処置に関わる危険を回避できる
- 歯周ポケットまで清掃できる
- 傷んだ歯を容易に抜歯できる
①犬猫の苦痛を低減できる
全身麻酔をかけるので、動物の苦痛を低減できます。
傷んだ歯肉に対して歯石除去を実施すると、100%痛みが発生します。
※そのため動物病院では、麻酔以外にも適切な鎮痛剤が使用されます
また歯肉のデブライドメントは“出血するまで”行うため、動物の苦痛を回避するのは実施する上で必須となります。
②処置に関わる危険を回避できる
スケーラーを始め、歯石除去に関わる専用器具の多くは先が尖っているなど使用時のリスクがあります。
麻酔によって動物が不動化された状態であれば、そのリスク回避は施術者側が気を付ければ済みます。
安全に歯石除去をするには、歯肉や舌への誤穿刺はもちろん、特に眼に対して注意を払わなければいけません。
万一にでも眼を器具で刺してしまった場合は、最悪のケースでは眼摘まで行きかねません。
以上から、処置に関わる危険を回避することは非常に重要であることがお分かりいただけると思います。
③歯周ポケットまで清掃できる
歯周ポケットの内部を正しく評価することは、麻酔がかかっていない状態では不可能です。
なぜなら動物が痛がり顔を振るからです。
麻酔をかけて初めて歯周ポケットの状態を確認でき、そして清掃できます。
歯周ポケットの処置は歯肉を刺激するため、動物の苦痛回避が必須となります。
④傷んだ歯を容易に抜歯できる
多くの手遅れになっている歯周病では、すでに歯が腐りどうしようもない状態に出会います。
麻酔をかけていると、一番奥の臼歯まで歯の肉眼的状態を確認し実際にアプローチすることが可能です。
つまり、そういった傷んでどうしようもない歯を容易に抜歯できるということです。
根管治療など、より発展的な歯科治療を実施している病院でも同様です。
ミリ単位の操作をしながらの処置ですので、動物の苦痛回避および不動化は治療の必須条件と言えます。
麻酔下歯石除去のデメリット
唯一であり最大のデメリットは「麻酔が必須」なことです。
ご存じの通り、どれだけ事前検査し丁寧な管理をしても麻酔事故を100%回避することは不可能です。
麻酔は血圧を低下させたり肝臓や腎臓など各臓器への負担をかける行為です。
特にシニア動物や持病持ちの動物では、施術自体はうまくいっても術後に体調が悪化する場合もあります。
術中だけでなく術後に対しても麻酔リスクが発生してしまいます。
ちなみに当院で行った麻酔科歯石除去の紹介記事もありますので、宜しければお読み下さい。
【獣医師監修】歯石除去治療のケースレポート【2022年7月】
無麻酔下歯石除去
次に無麻酔下歯石除去についてまとめます。
これはその名の通り無麻酔下で行われる歯石除去のことです。
無麻酔下での処置は、ハンドスケーラーと呼ばれる器具を使って実施します。
無麻酔下歯石除去のメリット
- 麻酔をかけずに済む
- 比較的施術費用が安い
①麻酔をかけずに済む
最大のメリットは動物を麻酔をかけずに済むことです。
心臓病や腎臓病が進行している状況では、全身麻酔がかなりハイリスクとなります。
「麻酔はかけられないけど、歯周病は何とかしてあげたい…」
こういった状況にいる動物へのオプションとして無麻酔下歯石除去が検討されます。
②比較的施術費用が安い
無麻酔下歯石除去は、一般論で言えば麻酔下と比べると費用が安くなります。
これは術前検査を行わない点と、施術者側に設備投資がほとんど必要が無い点が大きな理由です。
また無麻酔歯石除去は主にサロンなど”動物病院ではない施設”で行われます。
そのため、処置費用を高くし辛い側面があるようにも思います。
無麻酔下歯石除去のデメリット
- 歯の表面がザラザラになる
- 処置に関するリスクが高い
- 動物への身体的・精神的苦痛を伴う
- 歯周ポケットへのケアができない
- 歯石や口腔内に溜まる汚水を誤嚥するリスクがある
- 想定外のトラブルに対応できない
①歯の表面がザラザラになる
ハンドスケーラーだけの処置では一見綺麗になっても、歯の表面は無数の細かな傷がついています。
歯石の再付着を防ぐには、歯表面がツルツルしていないといけません。
その点、無麻酔下歯石除去では「綺麗だけど歯石が再付着しやすい」歯になります。
②処置に関するリスクが高い
歯石除去は必ず苦痛を伴うのは前述した通りです。
我々人ですら痛かったら思わず体を動かしてしまうのですから、何をされているか分かっていない動物ならなおさらです。
突然の動物の体動は、器具を誤って歯肉・舌を刺したり最悪眼まで影響がいくリスクがあります。
また暴れないように動物を強く保定したらしたで、各種関節脱臼(特に顎)をする恐れが生じます。
※ついでに言うと施術者も咬傷のリスクを負います
なお、これらリスクの発生は「施術に慣れている」だとか「動物の扱いに慣れている」等の施術側の実績とは無関係です。
③動物への身体的・精神的苦痛を伴う
「今自分のために歯石除去をしてくれてるんだ」なんて理解できる動物はいません。
痛かったり体を強く保定されたらパニクったり暴れたりする。
これは当たり前のことです。
また、再三お伝えの通り歯石除去は100%痛みを伴います。
これらを低減するのは無麻酔下では不可能です。
※局所麻酔を行える施設だとしても、せめて鎮静はかけないとまず実施不可能だと思われます
④歯周ポケットへのケアができない
歯周ポケットへのアプローチは苦痛を伴います。
また歯の内側の歯周ポケットを確認するには、動物の顎を大きく開ける必要があります。
以上の点から、無麻酔下歯石除去では歯周ポケットへのケアは不可能です。
すごく単純に言うと「綺麗になるのは目で見える範囲のみ」ということになります。
⑤歯石や口腔内に溜まる汚水を誤嚥するリスクがある
歯石を除去する際にはその欠片や、欠片を含んだ汚水・唾液などが口の中に溜まります。
これらの中には繁殖している大量の歯周病菌が含まれています。
無麻酔下では当然ながら常に呼吸をしていますので、その拍子に気道に汚染物質が入り込むリスクが生まれます。
ごく少量の侵入であれば咳などにより自力で対応できますが、それなりの数の菌であれば気管炎・気管支炎・肺炎を起こします。
⑥想定外のトラブルに対応できない
無麻酔下歯石除去を行う施設の大部分が、動物病院ではありません。
もし処置時に想定外のトラブルが起きた際には、その対応を期待するのは無理があります。
ちなみに想定外のトラブルとは例えば以下のようなものです。
- 誤った組織を傷つけ、出血させたり裂傷を負わせた
- ストレスや興奮により動物が虚脱状態に陥った
- 処置時の体動で、動物の転落などが起きた
- 処置後に元気が無くなったり咳が止まらなくなった
無麻酔下での歯石除去を選択する理由の一つが、「麻酔をかけられないから」です。
そういった体調不良、あるいは持病持ちの動物が処置により容体が悪化しても何もできません。
「(様子見して調子が悪そうであれば)動物病院を受診してください」と言われるだけでしょう。
当院の意見
参考までに当院として意見をご紹介します。
当院としての推奨は「麻酔下」での歯石除去です。
実際に当院では無麻酔下での処置は一切しておりませんし、ご希望されてもお応えできません。
それは動物が負うリスクが麻酔以上に大きく、リスクの大きさに対してリターンが伴っていないと判断しているからです。
技術不足なのか、少なくとも無麻酔下では私が満足するレベルの獣医療に到達することはできません。
日本小動物歯科研究会が無麻酔下での歯垢・歯石除去に否定的な見解を出していることも付記しておきます。
最後に
さて、歯石除去の麻酔下・無麻酔下のそれぞれのメリットデメリットはご理解いただけたでしょうか。
注意点ですが、本記事の内容は無麻酔下歯石除去を100%否定するものではありません。
麻酔をかけられない動物が、無麻酔下歯石除去によりQOLが向上するケースは実際にあり得るからです。
大事なのは様々なプラスとマイナスの情報を知った上で、どうすべきか決断することです。
ご自身が理解してその上で決断したことであれば、必ずその結果は満足のいくものになるでしょう。
高齢動物での歯石除去について詳しく知りたい方は以下の記事も併せてお読みください。
【獣医師監修】高齢動物の歯石除去は可能。リスク評価について解説!