院長の木村です。
本記事では、日本の多くの小型犬が悩まされる僧帽弁閉鎖不全症についてお話ししようと思います。
僧帽弁閉鎖不全症は日本で飼われている小型犬ではとても一般的な心臓病です。
歴代何頭も犬を飼われていたり、シニア犬の飼育経験がお有りの方なら動物病院で心雑音を指摘されたこともあるでしょう。
そんな僧帽弁閉鎖不全症とは何か?僧帽弁閉鎖不全症の犬を飼う上で気を付けることは何か?
なるべく簡単な言葉で分かりやすく解説していきますので、どうぞ最後までお読みください。
僧帽弁閉鎖不全症とは?
僧帽弁(そうぼうべん)閉鎖不全症とは、小型犬に多い心臓病(正確には弁膜症)の一種です。
心臓の中では、血液が一方通行で流れるように僧帽弁という装置が逆流を防ぐようになっています。
しかし、年齢変化や遺伝的要素によってその僧帽弁がうまく働かなくなって血液逆流が起きている状態を僧帽弁閉鎖不全といいます。
心臓内で血液逆流が起きると、環状交差点を車が逆走した時のように血液の交通渋滞が起きます。
この血液の渋滞によって、問題となる心不全症状が発生します。
僧帽弁閉鎖不全症の症状とは?
症状① 肺水腫
僧帽弁閉鎖不全症の最も警戒すべき症状は「肺水腫」です。
さて、肺が水浸しになるメカニズムは以下の通りです。
心臓内の血液が渋滞すると、その手前の道である肺静脈にも血液がパンパンに溜まります。
パンパンになった肺静脈は、スリムになろうとして血液中の水分を外に放出し始めます。
そしてその外とは何か?肺静脈の外とは肺そのものです。
よって、肺に水が溜まり始め「肺水腫」となる訳です。
肺が水浸しになると呼吸が出来なくなり生命に関わりますので、肺水腫は非常に危ない症状と言えます。
症状② 咳
僧帽弁閉鎖不全症により、咳が出ることはよく観察されます。
「痰が絡んだような」、「喉に何か詰まったような」と表現される「カーッ、カハッカハッ」という乾いた大きい咳を出します。
心臓内では、血液の渋滞により左心房と呼ばれる心臓の一部分が大きくなります。
その左心房が周囲の気管や気管支を圧迫し、その刺激により咳が出ます。
咳が出続けると夜眠ることができなくなったりなど、QOLが大きく低下し消耗することがあります。
症状③ その他
痩せて骨張る、食欲が低下する、下痢をする、疲れやすいなど様々な症状があります。
しかし多くの心臓病の犬はシニアになっており、年齢変化によるものとして見過ごされることも多いです。
これら症状のみで僧帽弁閉鎖不全症を疑うのは難しいと言えるでしょう。
心臓病に気付いてあげるためには
空咳には要注意
まず咳に注目しましょう。
僧帽弁閉鎖不全症から来る咳は音も大きく、一緒に過ごしているご家族からは最も気付きやすい症状です。
もちろん咳は心臓が原因とは限りませんが、「咳=心臓が悪いかも」と知っておくだけで動物病院を受診するという選択が取れます。
心臓の拍動が大きかったらすでに中程度以上進行しているかも
一緒に寝たり、何気なく犬の胸に触った時に心臓の拍動(鼓動)が大きいことに気付くかもしれません。
僧帽弁閉鎖不全症が中程度以上に進行すると「スリル」と呼ばれる振動音を出し始めます。
スリルがある=重症とは限りませんが、進行している可能性は高いですので早めの病院受診が必要です。
ちなみに、拍動の大きさを「呼吸が大きい」と解釈して病院に来られるオーナー様もたまにいらっしゃいます。
動物病院を定期的に受診し健診を受ける
僧帽弁閉鎖不全症の存在に気付くには動物病院の受診が一番確実です。
僧帽弁閉鎖不全症を起こす多くの犬は7歳を超えたシニアです。
年齢的にも年に1回は総合健診を、半年に1回は心雑音のチェックを受けましょう。
僧帽弁閉鎖不全症と診断された後の注意点
大前提として、胸部レントゲンおよび心臓エコーを受けての診断とします。
心雑音のみ聴取して僧帽弁閉鎖不全症と診断されている場合は、心臓検査が可能な病院にてまず検査を受けてください。
飼い主としての心構え
僧帽弁閉鎖不全症は進行性の病気であり、内科治療ではしっかり投薬管理しても徐々に悪化していきます。
また、突如一気に悪化して「昨夜元気だったのに今朝には息も絶え絶え」ということもあり得ます。
つまり、これから言えるのは症状が怪しかったらすぐに病院を受診することが重要ということです。
特に肺水腫は時として致命傷となり得るので、夜に呼吸が荒くなったとしたら明日の朝を待つのではなく夜間病院へ行ってください。
その数時間の判断が生死を分けることだってあるのですから。
食事管理
stageB-2(stageとは重症度レベルみたいなものです)以降では食事管理が推奨されています。
軽度のナトリウム(塩分)制限されている心臓病用療法食を選びましょう。
もし人用のご飯の一部を与える習慣があるご家庭では、必ず塩分が含まれていないものにしてください。
痩せている犬ではω-3脂肪酸の給与が推奨されています。
ω-3脂肪酸が豊富に含まれているサプリ、アンチノール®︎がお勧めです。
運動管理
僧帽弁閉鎖不全症のガイドラインでは定義されていませんが、少なくとも高負荷の運動は避けるべきでしょう。
心拍数を急激に変動させる高負荷の運動は心臓を消耗させたり、悪化させる恐れがあります。
かといって病気の進行を恐れて閉じ込めるように生活させるのも生き物として健全とは言い難いです。
私個人の意見としては、探索、運動する楽しみは残しつつ激しい運動だけ避けましょうとお伝えすることが多いです。
投薬管理
僧帽弁閉鎖不全症と診断され投薬を開始している場合も多いでしょう。
心臓疾患での投薬は、他の病気以上に切らさずに飲むことが重要です。
薬が切れて2〜3日で肺水腫を起こした犬を私はいくらでも経験しています。
食欲不振等の理由でどうしても全ての薬を飲ませるのが難しかったら、最低限「ピモベンダン」だけでも飲ませてください。
これは今の僧帽弁閉鎖不全症に対する主軸の薬で、「ベトメディン」、「ピモベハート」、「ピモハート」などの製品があります。
飲み忘れた場合の対応や生活の都合上で12時間ごとの投薬が難しい場合の対応は、事前にかかりつけ医に相談してください。
また、不意のトラブルで切らさないように早め早めに追加の処方を受ける習慣をつけるのも大事です。
観察
僧帽弁閉鎖不全症では体調の変化を常に観察することが重要です。
分かりやすい症状の咳を始め、元気さや食事量、顔つき、行動変化などにも常に少しずつ注意を払っておきましょう。
症状③でお伝えした通り、僧帽弁閉鎖不全症の症状は年齢変化と区別し辛いものが多いです。
そんな中でも意識して観察する癖を付けておくと、今まで気付けなかったことも気付けるようになります。
定期的な病院受診
僧帽弁閉鎖不全症の進行は心臓エコーを含めた検査で判明することがほとんどです。
元気で特に変わらないように見えても、半年に1回程度の検査受診をお勧めします。
薬のみの追加処方が何ヶ月分できるかは病院ごとの判断になりますので、獣医の指示に従って適切な間隔で受診してください。
最後に
いかがだったでしょうか?
なるべく難しい用語を使わずに説明したので、かかりつけ医の説明と少し違う印象があるかもしれません。
さて、僧帽弁閉鎖不全症は管理に失敗すると生命に関わる症状を出す病気です。
また、どれだけうまく管理していても突如悪化するリスクをゼロにすることもできません。
その中でなるべく苦しさのない、QOLを保った生活を送らせてあげるためにはオーナー様と獣医の連携がとても重要です。
オーナー様は生活管理と細やかな情報提供で、獣医は検査と都度都度の治療修正で、二人三脚で治療をしていきましょうね。