院長の木村です。

 

今回はアポキルと癌との関連性について解説しようと思います。

 

皮膚の痒み、アレルギーに苦しむわんちゃんとそのオーナー様にとっては無くてはならない薬であるアポキル錠。

 

長期で飲ませる薬だからこそ、副作用が心配ですよね。

 

Googleの月間検索ボリュームでも、動物用薬とは思えないほど副作用関連、特に『アポキル 癌』の検索数が多くなっています。

 

科学的な見地からプロはどうアポキルと癌の関係性を捉えているのか、データを交えて紹介します。

 

副作用が心配な方は「しっかりと中身を読みたい」とお考えでしょう。

 

なるべく難しい話は抜いていますが、記事が長くなることはご容赦ください。

※本来獣医学的には『腫瘍』、『腫瘤』、『癌』には別個の定義がありますが、ややこしいので癌で統一しています。

結論

・現時点ではアポキル錠を4年以上飲ませることで癌の発生率が上がるデータは出ていない

2-3年間の投与であれば否定するデータあり

・擬似科学に惑わされずしっかりとご自身で判断するのが大事

アポキルとは?

アポキルについてまず整理してみましょう。

 

アポキルとは以下のような薬です。

・2013年にアメリカ、2015年には日本でも承認された免疫抑制剤

・主成分は「オクラシチニブ」、分類は「ヤヌスキナーゼ(JAK)阻害剤」

犬のアトピーやアレルギー性皮膚炎での痒みを和らげるために使用

アポキルはステロイドの代替薬

今まで皮膚炎による痒みにはステロイドが多用されてきました。

 

しかしご存知の通り、ステロイドは肝臓への負担や糖尿病の心配など副作用が気になる薬です。

 

そこで日本では約6年前ほどから比較的副作用が少ないアポキルが使われ始めました。

 

アポキルはステロイドと同様にスピーディーに痒みを抑えてくれて、なおかつ副作用が少ないということですぐさま人気の薬となりました。

 

私自身も今まで沢山のわんちゃんに処方して、そして大部分の方に満足頂いています。

アポキルが何故問題視されるのか?癌との関係性は?

アポキルの添付文書にはこんな記載があります。

 

「〜(中略)、腫瘍(潜在性の腫瘍を含む)を悪化させる可能性があるため、慎重に投与し、継続的に観察すること。」

 

アポキルが分類される『免疫抑制剤』もしくは『JAK阻害剤』には、「癌を抑制する体の免疫機能を押さえ込んでしまうのではないか」という議論がよくされます。

 

実は日々体内で生まれている腫瘍細胞はNK細胞やT細胞といった免疫細胞が殺しています。

 

だから「免疫細胞を抑える薬を使うと腫瘍細胞が見逃されて癌化する」という理屈です。

 

この理屈単独では(事実かどうかは別にして)妥当性のある話です。

 

だからアポキルの添付文書には念の為「腫瘍の悪化が無いか注意して見てね」という記載がされる訳です。

 

ただし、これはあくまで癌発生の数あるメカニズムの内、一つだけを取り上げた仮説に過ぎません。

 

そして現時点ではヒトでも動物でもJAK阻害剤が癌発生を増やすというエビデンスは有りません。

 

癌発生のメカニズムは一元的に語れるほど簡単ではないのです。

アポキルと癌発生についてのデータ

2019年に報告された660頭の犬を対象にした大きな追跡研究があります。

 

研究によると、平均約3年間もの長期でアポキルを飲んでいた犬の癌発生率は、飲んでいない犬と比べても有意差(統計学的に意味のある違い)は有りませんでした。

 

癌が悪性であっても非悪性であっても、さらに言えば死亡時の年齢でも違いは有りません。

 

現時点でアポキルが癌を発生させるというデータは報告されていません。

一部の獣医や科学者がまことしやかに主張している

オーナー様がアポキルの安全性に対して不安になり、調べる。

 

これはごくごく自然な行為です。

 

大切なわんちゃんに危ない薬を知らずに飲ませる訳にはいきませんからね。

 

問題は科学的思考を散々訓練しているはずの獣医や科学者が、短絡的な仮説に過ぎないことを事実かのように情報発信していることです。

 

科学とは既存の理論から仮説を立て、実験や疫学調査から仮説が真実かどうか明らかにする学問です。

 

仮説だけで騒ぎ立てる科学者はいません。それは『妄想』と呼ばれます。

 

ですので大変な努力を重ねて同じ資格を取得したものとして、一部の情報発信者を残念に思います。

皮膚科の専門医もアポキルを普通に使う

私自身は皮膚科の専門医ではありませんが、皮膚科に興味があり専門医の先生方のセミナー(今はほとんどオンラインですが)もよく視聴しています。

 

また、ある先生と縁あって一緒にお仕事をして勉強させて頂いていた時期もあります。

 

その私の知る限り皮膚科専門医(認定医)が「アポキルは癌が発生するから私は使いません」と言っているのを聞いたことがありません。

 

言い方が大変失礼なのは承知ですが、専門医の先生とは極度の「皮膚病オタク」、「免疫学オタク」です。

 

常に最新の論文に目を通し、私のような一般獣医に知識を啓蒙する立場にある先生方です。

 

その先生方が「アポキルで癌が〜〜」なんて言われないっていうのは…つまりそういうことなんです。

 

もちろん「アポキルに副作用は無い」とか、「アポキルは万能薬である」なんてお話はされていないですからね。

 

結局は正しい知識を持って、適切に使いましょうねということです。

じゃあ絶対安全なの??

残念ながらまだ長期投与に際しての安全性については確認が取れていません。

 

少なくとも2年あるいは3年間の投与については問題ないでしょう。

 

アポキルは人気こそ高いですが、薬として販売されてまだ6-8年と比較的新しい部類に入ります。

 

ですので例えば10年以上などの長期間でアポキルと付き合っている犬のデータはまだありません。

 

今後もしかしたら新たな長期投与の報告が出てくるかもしれませんのでそれを待ちましょう。

結局のところアポキルは飲ませていいのかどうか

私は2-3年間までなら飲ませていいと考えています。

 

もし、本記事内容を読んで「4年以上の長期投与の安全性が確認されていないから心配」とお考えならそれも結構です。

 

なぜならそれは科学的データに則った物の考え方・判断姿勢だからです。

 

新型コロナのワクチンだって「長期の安全性が確認されていないから」と接種しない方もいらっしゃいますからね。

 

ただ、ネット上にはいかにもそれっぽい論文を出して「アポキルが癌を発生させる」と誤認させる情報が転がっています。

 

そういったものに触れて、皆様の判断が惑わされないことだけを願っています。

 

そして最後に、アポキルで辛い痒みが取れ健やかな毎日を送れているわんちゃん達が一杯いることを付記させていただきます。